「荒野での試練」(聖日礼拝メッセージ 2026/09/06)

 今日のメッセージテーマは旧約聖書(信仰)21「荒野での試練」です。 イスラエルは、モーセに導かれてエジプトでの奴隷状態から解放されて歓喜にわき、約束の地カナンを目指しました。しかし、荒野ですぐに食糧不足に見舞われたり、敵との戦い、内部での不平不満により試練に直面しました。

1.日々の糧
 主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたがたのために天からパンを降らせる。民は外に出て行って、毎日、その日の分を集めなければならない。これは、彼らがわたしのおしえに従って歩むかどうかを試みるためである。出エジプト 16:4

 モーセは200万人とも言われるイスラエルの民を率いていたので、日々必要な食糧の量は相当なものでした。民はモーセに不平不満を鳴らしました(15:24,16:3,17:2)。モーセの執り成しにより、神様は40年間にわたって天からマナを降らせ、飲料水を与えて民を養われました。

2.内憂外患(内側で起こるもめ事。外から受ける攻撃)
 モーセが手を高く上げているときは、イスラエルが優勢になり、手を下ろすとアマレクが優勢になった。出エジプト 17:11

 モーセは民をさばくために座に着いた。民は朝から夕方までモーセの周りに立っていた。出エジプト 18:13

 イスラエルの民は、シナイ山の近くレフィディムでアマレク人と戦いました。モーセが両手を上げて祈り、アロンとフルが支えました。ヨシュアがリーダーとなって戦って勝利を得ました。この戦いは主の戦いでした。 戦いは内にもありました。食糧の件でモーセを責め、エジプトに戻ろうと主張する者があったり、200万人のトラブルの訴えをモーセひとりが処理しなければならない体制が全体を疲弊させていました。

3.試練と恵み
 神は彼らを、近道であっても、ペリシテ人の地への道には導かれなかった。神はこう考えられた。「民が戦いを見て心変わりし、エジプトに引き返すといけない。」それで神はこの民を、葦の海に向かう荒野の道に回らせた。出エジプト 13:17,18

 エジプトから約束の地カナンまでは、通常の地中海沿いの道を通ると2週間ほどで行くことができます。しかし、神様は民が戦いを見て心を翻さないように、安全な道へ導かれました。また、荒野での40年間は試練によって民が本当に主に従うかどうかを試すものであり、主に頼ることを学ばせる期間でもありました(申命記 8:2~6)。主は試練によって私たちに自分の本当の姿を見させ、ますます主に依り頼むように願っておられます。

 彼らは聞き従うことを拒み、彼らの間で行われた奇しいみわざを思い出さず、かえってうなじを固くし、かしらを立てて、逆らって奴隷の身に戻ろうとしました。それにもかかわらず、あなたは赦しの神であり、情け深く、あわれみ深く、怒るのに遅く、あわれみ豊かであられ、彼らをお捨てになりませんでした。ネヘミヤ 9:17

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