礼拝メッセージ

ルツ記には、士師時代の背信、偶像崇拝、争いの中にあって、1人のモアブ人女性の純粋な信仰と義母への献身的な愛が描かれています。ルツの子孫にダビデ王が生まれ、その家系に救い主イエス様が生まれました。

1.予期せぬ出来事
エリメレク・ナオミ一家は、飢饉によって異国への移住を余儀なくされました。その後、エリメレクは死に、結婚した2人の息子も嫁を残して死にました。幸せを求めて新天地へ行ったにもかかわらず結果は散々でした。

さばきつかさが治めていたころ、この地に飢饉が起こった。・・・モアブの野へ行き、そこに滞在することにした。ルツ記 1:1

全能者が私を大きな苦しみにあわせたのですから。・・・主が私を卑しくし、全能者が私を辛い目にあわせられたというのに。ルツ記1:20,21

2.人との出会い、神様との出会い

モアブへの移住により、ナオミは2人のモアブ人女性オルパとルツに出会いました。オルパとルツはモアブの神ケモシュ(人身犠牲、Ⅱ列王記3:27)ではない、ナオミが信じる真の神、創造主と出会いました。夫の死後、オルパは実家へ帰り、ルツはナオミから離れませんでした。

彼女たちはまた声をあげて泣いた。オルパは姑に別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついた。ルツ記 1:14

3.全てを善に変えてくださる神様

①真の神様を信じて従ったルツ
・・・あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを、知らせているのです。・・・ Ⅰテサロニケ 1:9,10

②絶望から希望へ変えられたナオミ
ルツは献身的にナオミに仕え、買戻しの権利があるボアズと結婚して 子供をもうけました。ナオミはルツの信仰によって自分自身の信仰の回復と祝福をいただきました。
「主がほめたたえられますように。・・・」ナオミはその子を取り、胸に抱いて、養い育てた。ルツ記 4:14~16

③救い主イエス様の誕生(全世界と私たちの救い)
ボアズがルツによってオベデを生み、・・・エッサイがダビデ王を生んだ。・・・イエスは、このマリアからお生まれになった。マタイ1:5~16

私たちの人生にも望まないこと、予期しないことが起こります。しかし、すべてのことは偶然ではなく、神様の御手、救い主イエス様の愛と憐れみの内にあります。イエス様を愛して従う人、すがりついて離れない人は幸いです。神様、イエス様、兄弟姉妹、教会に仕えて忠実に歩みましょう。

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。  ローマ 8:28

ギデオンは、ぶどうの踏み場で小麦を打っていた。ミディアン人から隠れるためであった。主の使いが彼に現れて言った。「力ある勇士よ、主があなたとともにおられる。」    士師記 6:12

「士師記」には、ヨシュアの死からサムエルの登場までが記されています(BC1220~1050頃)。イスラエルには霊的指導者がなく、主を捨てて異教の神々を慕い求め、その結果、カナン人に苦しめられました。彼らは苦しみのうちから主に助けを求め、主が救助者である士師を遣わして救出されました。しかし、その士師が死ぬと再び不信仰に陥ってしまいました。このパターンが何回も繰り返されました。
士師記には12人の士師が登場しますが、そのうちの6人(オテニエル、エフデ、デボラ/バラク、ギデオン、エフタ、サムソン)について詳述されています。士師記は私たちに何を教えているのでしょうか。

1.自分の目に良いと見えること
イスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に良いと見えることを行っていた。士師記 17:6,18:1,19:1,21:25

ヨシュアがなぜ後継者を指名せずに逝ったのかはわかりません。イスラエルの人々は、主の律法に従い、信仰によって、約束の地カナンを完全に征服していくべきでした。しかし、栄光の主よりも異教の神々・偶像に魅力を感じて、信仰の道よりも享楽の道へと進んで行きました。

人々が健全な教えに耐えられなくなり、耳に心地よい話を聞こうと、自分の好みに従って自分たちのために教師を寄せ集め、真理から耳を背け、作り話にそれて行くような時代になるからです。Ⅱテモテ4:3,4(ヘブル11:24,25)

2.ギデオン

イスラエルの罪ゆえに、主は彼らをミディアン人の手に渡されました。ミディアン人の圧迫に耐えられなくなったイスラエルの民は、主に助けを求めます。主が選ばれた士師は、臆病で疑り深いギデオンでした。しかし、主がともにいて圧倒的な勝利を与え、40年間治めさせました。

・・・私の氏族はマナセの中で最も弱く、そして私は父の家で一番若いのです。」主はギデオンに言われた。「わたしはあなたとともにいる。・・・ 士師記 6:14~24,6:27,6:36~40,7:8,7:20~23,8:22,23

3.あなたは勇士
・・・ギデオン、バラク、サムソン、エフタ、・・・彼らは信仰によって、・・・弱い者なのに強くされ、戦いの勇士となり、他国の陣営を敗走させました。   ヘブル 11:32~34

主は私たちを「信仰の勇士」と呼ばれます。私たちが強いからではありません。共にいて下さる方が十字架で勝利を得られたお方だからです。自分にとって良いことを優先させるのではなく、主に従うことを優先させましょう。

・・・私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。・・・神のすべての武具を取りなさい。・・・   エペソ 6:10~18

どうか心して、いつまでも神様を愛し続けてほしい。ヨシュア記23:11(LB訳)

リビングバイブルで「ヨシュア記」は「カナン征服記 上」となっており、モーセの死、カナン征服、ヨシュアの死まで記されています。ヨシュアはエジプトで生まれ、出エジプト、荒野の放浪の期間中はモーセの右腕となりました。彼はモーセの死後、新しいリーダーとなり、ヨルダン川徒渉、契約の更新、約束の地カナンの征服と12部族への分割を行いました。彼は、信仰と勇気の人でした。

1.ヨルダン川徒渉とエリコ陥落

①ヨシュアはモーセの命によりカナンの地を偵察に行った時、主の約束に従ってカナンの地の征服を進言しました(民数記13:1~14:12)。今、彼はリーダーとしてカナンの地に入り、約束の地を勝ち取ろうとしています。

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ、雄々しくあれ。・・・主があなたと共におられるのだから。ヨシュア記 1:9

②出エジプトの紅海を渡った時と同様に、不思議な方法でヨルダン川を渡り、約束の地を獲得しました。

・・・箱を担ぐ祭司たちの足が水際の水に浸ると、川上から流れ下る水が立ち止まった。・・・ヨシュア記 3:15,16

③エリコの城壁も不思議な方法で崩壊し、約束の地を征服していきました。

・・・角笛の音を聞いた民が大声でときの声をあげると、城壁は崩れ落ちた。・・・ヨシュア記 6:20

2.アカンの罪
しかし、すべてが順調に行った訳ではありません。アカンは欲にかられて神様の契約を破ってしまい、イスラエルに災いをもたらしました。

イスラエルは罪ある者となった。彼らはわたしが命じたわたしの契約を破った。聖絶の物の一部を取り、盗み、欺いて、それを自分のものの中に入れることまでした。ヨシュア記 7:11(7:19~21)

3.ヨシュア、最後の説教
ヨシュアは主を信じ通した110歳の生涯を振り返り、愛する同胞に大切な言葉を残しました。「主は必ず約束を守られる誠実なお方だ。自分自身に十分注意して、生涯を通して主を愛し、主に従いなさい。」(ヨシュア記23章)

①みことばに従いなさい 
②神々の名を口にしてはならない
③主にすがりなさい

・・・あなたがたは心を尽くし、いのちを尽くして、知りなさい。あなたがたの神、主があなたがたについて約束されたすべての良いことは、一つもたがわなかったことを。・・・ ヨシュア記 23:14

約束してくださった方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。 ヘブル 10:23

栄光を私たちの神に帰せよ。   申命記 32:3

「申命記」は「第二の律法付与」を意味しますが、リビングバイブルの書名「モーセ最後の説教」が示すように、BC1260年頃、約束の地カナンに入る直前、モアブの平原でモーセが語った神様との契約の再確認です。
モーセはこれまでイスラエルの民を導いてきた経験から、民が神様に対して再献身して、信仰と服従の道に歩むように呼びかけています。

1.神々に栄光を帰す愚かさ
人は創造主(神様)によって創造されたので、心のどこかで創造主を意識しています。しかし、自らの罪によって心が腐敗してしまったので、いろいろなものを神に仕立て上げています。

①偶像の神々
杉の木を切り、・・・その残りで神を造って自分の偶像とし、ひれ伏してそれを拝み、こう祈る。『私を救ってください。あなたは私の神だから』と。・・・ イザヤ書 44:6~20

②自然を神々に
・・・また、太陽や月や天の万象など、私が命じなかったものを拝む者があり、・・・ 申命記 17:3

創造主(神様)はことばによって天の万象を創造されました(詩篇33:6)。しかし、その天の万象も焼けてくずれ去る時が来ます(Ⅱペテロ3:10)。

③人間を神々に
共産主義国では人間を神格化しますし、死者を神格化して祭り上げる国もあります。

・・・「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。・・・ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫に食われて、息絶えた。使徒 12:21~23

2.自分に栄光を帰す生き方
神様はご自身の栄光のために私たちを創造されました。神様よりも自分自身の栄光を求めると、傲慢と自己中心の罠に陥ります。

わたしの栄光のために、わたしがこれを創造した。イザヤ 43:7

3.神様に栄光を帰す生き方
モーセはイスラエルの民が創造主である神様から様々な恵みと憐れみをいただいて導かれて来たのに、幾度も反抗して裁かれてきたことを振り返り、民に主のすばらしさと歩むべき道、主にのみ栄光を帰す生き方を教えます(申命記32:4~6)。私たちも神様の恵みと憐れみにより、主イエス様の十字架の死と復活によって罪の赦しと永遠の命をいただきました。
神様に栄光を帰す生き方とは、神様が正しいお方、真実なお方、偽りのないお方であることを信じて感謝をささげることです。

「アーメン。賛美と栄光と知恵と感謝と誉れと力と勢いが、私たちの神に世々限りなくあるように。アーメン。」   黙示録 7:12

知恵のある子は父を喜ばせ、愚かな子は母の悲しみとなる。箴言10:1
愚かな子はその父の憂い、これを産んだ母の痛み。    箴言17:25

今日は父の日です。聖書は、私たちに十戒の中で「両親を敬い大切にする」ことを「人を殺してはならない」よりも先に命じています。その命令には「幸せな一生をおくることができる」との約束が伴っています。

1.「愚かな者」
「愚かな者」とは知的能力の問題ではありません。心の問題です。

①神様を否定する人
愚か者は心の中で「神はいない」と言う。彼らは腐っていて、忌まわしいことを行う。善を行う者はいない。詩篇 14:1

彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その鈍い心は暗くなったのです。彼らは、自分たちは知者であると主張しながら愚かになり、・・・ ローマ1:21,22

②自分中心
愚かな者は英知を喜ばず、自分の心がさらけ出されることを喜ぶ(ただ自分の意見だけを表わす)。箴言 18:2

自分の心に頼る者は愚かな者、知恵をもって歩む者は救われる。箴言 28:26

③親に心配をかけて悲しませる人
親を悲しませていながら幸せに生活することはできません。親は、私たちにとって最も基本的な関係です。

2.父の訓戒
私たちは親に対して「考えが古くさい。昔と今とは違う。私の気持ちをわかってくれない。自分のメンツしか考えていない。・・・」と反発してしまい、親の意見を軽んじる傾向があります。しかしみことばは、目に見える両親、いのちを与えてくれた両親の訓戒を大切にするように命じています。両親の思いの中に神様の思いが隠されています。

3.天の父
イエス様は私たちにも全知全能の創造主を「天のお父様」とお呼びするように教えて下さいました。私たちは、愚かになって天のお父様に心配をかけ、悲しませてはいけません。天のお父様の訓戒であるみことばを侮ってはいけません。以前は愚かでも神様のいつくしみとイエス様の恵みと聖霊様の再生と刷新によって、日々新しい歩みに進ませていただきましょう。

・・・支配者たちと権威者たちに服し、従い、すべての良いわざを進んでする者となるようにしなさい。また、だれも中傷せず、争わず、柔和で、すべての人にあくまでも礼儀正しい者となるようにしなさい。私たちも以前は、愚かで、不従順で、迷っていた者であり、・・・しかし、私たちの救い主である神のいつくしみと人に対する愛が現れたとき、・・・聖霊による再生と刷新の洗いをもって、私たちを救ってくださいました。テトス 3:1~7

今日はペンテコステ(五旬節)、聖霊降臨日です。イエス様の復活から50日目、昇天の10日後にあたります。五旬節は七週の祭とも呼ばれ、収穫の感謝と十戒を授かったことを記念します。現在は、聖霊様の降臨と教会の誕生を記念します。
弟子たちは、イエス様から命じられた通りにエルサレムから離れずに、一箇所に集まって聖霊様を待ち望んで祈っていました。彼らは聖霊様の満たしを受け、力をいただいて力強く福音を伝え始めました。

神は言われる。終りの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。・・・しかし、主の御名を呼び求める者は、みな救われる。使徒 2:17~21

1.弟子たちが伝えたこと
彼らは、「イエス・キリストは復活された。イエス・キリストは救い主である。」とのメッセージを命がけで世界中に伝えて行きました。

①イエス様は、罪の赦し、義認、きよめを与えてくださる。
ユダヤ人は神様から十戒と律法を与えられ、メシヤを待ち望んでいました。弟子たちは、十字架に架けられ、復活されたイエス様こそメシヤであること、悔い改めと信仰が必要であることを伝えました。(使徒2:36~39)

②イエス様は、悪霊の力から救ってくださる。
創造主である神様も律法も知らない異邦人に対しては、異教、偶像・悪霊の愚かさと永遠の滅びを教え、イエス様こそ力ある救い主であることを伝えました。(使徒14:15~17、17:22~31)

2.救われる人
神様は「主の御名を呼び求める者は、みな救われる。」(ローマ10:13)と言われ、だれでも分け隔てなく受け入れ、救ってくださいます。必要なのは神様に対する「へりくだり、悔い改め、信仰、委任(ゆだねる)」とイエス様を個人的に救い主として信じ受け入れて従うことです。神様は、罪の赦しと聖霊様による新しい命を与えてくださいます。

3.聖霊に満たされなさい
クリスチャンは、いつでも「主の御名を呼び求める者、主に信頼する者」です。御霊によって与えられた救いが、肉によって完成することはありえません(ガラテヤ3:1~14)。しかし、私たちは、主のみこころを求めてカードを引き、主のみこころが自分の望むものでなければスルーします。自分の望むカードが出てくるまでカードを引き続け、自分の望むカードが出て来たら、やはりこれが主のみこころだ。と惑わされてしまいます。
私たちは、みことばから主のみこころとわかっていても、自分の思いを優先させて、自分がやりたくないことは避け続けます。その結果「主のみこころがわからない。主のみこころさえわかれば。」と悩み続けます。
「主の御名を呼び求める者」とは、自分のこだわりを放棄して、全面的に主に頼る人です。そういう人は、救いをいただきます。

もし御霊によってからだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きます。ローマ8:13

民数記は、イスラエル民族が38年間シナイ半島の荒野を放浪した歴史が記されています。この期間中、民は神様とモーセにつぶやき、不平不満を言い続けました。エジプトからの救出を経験した者たちの中で、ヨシュアとカレブだけが約束の地カナンに入りました。書名は、書中の人口調査から取られています。
神様はモーセとアロンに命じて、民に祝福を与えようとされます。

主があなたを祝福し、あなたを守られますように。
主が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。
主が御顔をあなたに向け、あなたに平安が与えられますように。
民数記 6:24~26
1.主が御顔を向けられる
主はモーセに命じてイスラエルの人口調査をさせ、部族ごとの宿営、幕屋に仕える者たち、罪のきよめのためのささげ物などについての規定を定められました。イスラエルの民が主の定めに従い、主を最優先にして心から礼拝する(主をすべての中心とする)なら、祝福を受けます。

アロンとその子らが、わたしの名をイスラエルの子らの上に置くなら、わたしが彼らを祝福する。民数記 6:27

2.主が御顔を隠される

①人の罪ゆえに
むしろ、あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ。イザヤ 59:2
そのため彼らが主に叫んでも、主は彼らに答えない。そのとき、主は彼らから顔を隠される。彼らの行ないが悪いからだ。ミカ 3:4

②人が御顔を避ける
それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。創世記 3:8

3.主を慕い求めよ
主が御顔を向け、私たちが御顔を仰ぎ見る状態は最善ですが、主が御顔を隠し、私たちが御顔を避けることは最悪です。
主は、いつもご自身の御顔を私たちに輝かして祝福し、良い関係でいられるようにと願っておられます。自分のことを優先し、自分を主イエス様より大事にしてしまうと、知らないうちに主をないがしろにするという罠に陥ってしまいます。主に従い、主を礼拝し、主の御顔を仰ぎ見る生活を求めましょう。それは目に見える兄弟姉妹を主イエス様のように扱うことです。主を慕い求めて御顔を仰ぎ見ることは、永遠につながることです。

(Ⅱテサロニケ 1:6~9、黙示録22:4)

主を恐れる人々よ。主を賛美せよ。・・・主は、貧しい人の苦しみを蔑まず、いとわず、御顔を彼から隠すことなく、助けを叫び求めた時、聞いて下さった。  詩篇 22:23,24(105:4)

主はモーセにこう告げられた。「イスラエルの全会衆に告げよ。あなたがたは聖なる者でなければならない。あなたがたの神、主であるわたしが聖だからである。レビ記 19:2

このみことばを見るとドキッとしませんか。「自分は罪深く、失敗ばかりしていてとても神様のように心のきれいな「聖い者」ではない、いくら望んでもかなうことではない、自分にガッカリしてしまう。・・・」
神様は理不尽な要求をされているのでしょうか。

1.「聖い者」とは
レビ記19章では守るべき十戒が繰り返されています。まず、両親を敬うこと、安息日を守ること、偶像を拝まないこと、神様にささげ物をすること、社会的弱者を助けること、正直であることです。
「聖なる者」とは、神様のすべての掟と定めとを守り行ない、汚れた者にならず、神様との交わりに留まることです。

・・・自分の罪を告白するなら、・・・その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。・・・ Ⅰヨハネ 1:1~10

2.信仰による聖め
もし、私たちが自分の力で聖めを得ようとするなら、絶対不可能です。 聖めは三位一体の神様のお働きです。

①聖めは神様のお働きです。
神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。エペソ 1:4

②聖めはイエス様のお働きです。
神が御子の肉のからだにおいて、その死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。あなたがたを聖なる者、傷のない者、責められるところのない者として御前に立たせるためです。コロサイ 1:22

③聖めは聖霊様のお働きです。
・・・神が、御霊による聖別と、真理に対する信仰によって、あなたがたを初穂として救いに選ばれたからです。Ⅱテサロニケ 2:13

3.聖化の生活
聖化とは「人が聖くされていく過程、またはその結果である聖い状態を示す。必ずしも道徳的、倫理的なものと考える必要はなく、神への帰属を宣言する意味合いが強い。つまり、世(世俗的なもの)から分離され、神へと聖別されていることである。(「新エッセンシャル聖書辞典」)

あなたがたは心を引き締め、身を慎み、・・・以前、無知であった時の欲望に従わず。むしろ、あなたがたを召された聖なる方に倣い、あなたがた自身、生活のすべてにおいて聖なる者となりなさい。Ⅰペテロ 1:13~16

・・・聖められることを追い求めなさい。聖くなければだれも主を見ることができません。ヘブル12:14

自分にガッカリすることは高慢です。聖めの過程に感謝しましょう。

主はモーセに言われた。「見よ、わたしはあなたがたのために天からパンを降らせる。民は外に出て行って、毎日、その日の分を集めなければならない。これは、彼らがわたしの教えに従って歩むかどうかを試みるためである。出エジプト記 16:4

モーセに率いられ、奇跡的に紅海を通ってエジプトから脱出したイスラエルの民は、主に感謝して喜んだのもつかの間、荒野の旅で水と食糧が不足してきたため、神様とモーセに対して「エジプトの方が良かった。我々を死なせるのか。」と不平を言いました。神様はそんな彼らに不思議な方法で天からのパン(マナ)を与えられました。

1.恵みのパン

神様は、彼らが約束の地カナンに入るまでの40年間、マナを与え続けられました。彼らは農作業によって苦労してパン(マナ)を得たのではなく、毎日天から降ってくるマナを集めるだけでした。信仰と感謝が必要です。
神様は彼らのつぶやきに対して、寛容な心で必要を備えて下さいました。
神様は、善人にも悪人にも等しく太陽を昇らせ、雨を降らせて下さいます(マタイ5:45)。私たちが生きるために必要な自然の恵みを受けているのは、当然の権利ではなく、神様の大きな恵みです。

2.試みのパン

マナをいただくためのルール(出エジプト16:11~31)
①毎朝、1人1オメル(2.3㍑)ずつ集める。
②その日の分はその日のうちに消費する。
③7日目の安息日にはマナは与えられないので、6日目に2日分集めて  火を通して保存する。
彼らは幾度となく神様の奇蹟、不思議、現れ、みことばを経験しながらも、3つの簡単なルールさえも守らない者がいました。神様は彼らを怒り、7日目の安息日には自分のところに留まって、主を礼拝するように命じられました。

3.いのちのパン

神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものなのです。」・・・イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。ヨハネ 6:33~35

モーセを通して与えられたパン(マナ)は、イエス様を現わす型です。
①イエス様はいのちのパン(ヨハネ6:47~59)⇒ 永遠のいのち
②みことばによって生きる(申命記8:3、マタイ4:4)⇒ 霊の糧
③聖餐式(マタイ26:26)⇒ 見える形でイエス様に与る

私たちは罪の束縛・永遠の滅びから救われましたが、イスラエルの民のように現状が思い通りに行かないといって、元の生活に戻ることを求めたり、つぶやいたり、主の命令に逆らったりしてしまいます。
イエス様の救いと恵みに心から感謝して、主が命じておられる道に進みましょう。イエス様と歩む道は、渇くことのない豊かな道です。

子どもたちよ、あなたがたは、主にあって〔その代表者としての〕あなたがたの両親に従いなさい。これは当然であって、また正しいことであるからです。「あなたの父と母を敬いなさい〈尊い人々として重んじ、たいせつにしなさい〉」。これは〔次の〕約束を伴った第一の戒めです〔出エジプト記20:12〕。〔すなわち〕「そうすれば、すべての事が、あなたにとって順調で、あなたは、この地上で長寿が得られる」。エペソ6:1~3(詳訳)

今日は母の日です。あなたは、両親や家族と良好な関係が保たれていますか。また、霊の家族である教会の兄弟姉妹との関係は良好ですか。尊敬、喜び、親しみ、感謝の関係ですか。みことばは、両親や家族との関係、霊の家族との関係が信仰と深く関わり合っていると告げています。

1.みことばの約束

神様は血縁としての家族をとても大切にします。いのちを紡ぎ、いのちを育む、最も基本となる祝福の基だからです。両親を尊敬する事が、その人の人格や人となりを形成し、人生をも作り上げていきます。
みことばは、両親を尊敬する生き方が、その人に順調な人生と長寿の祝福をもたらすと約束しています。

2.家族と信仰

もしも親族、特に自分の家族の世話をしない人がいるなら、その人は信仰を否定している(捨てている)のであって、不信者よりも劣っている(悪い)のです。Ⅰテモテ5:8 ( )は第3版

信仰とは、自分と神様との個人的な出会い、関係、決心です。しかし、信仰によって生きて行くことは自分が良ければ良い、ほかの人とは関係がないというものではありません。みことばは、自分の家族との関係が悪いということは、信仰のない人よりも悪いと言っています。
信仰とは、神様のみこころに従って生きて行くことであり、信仰の完成を目指し信仰を深めて行くことです。

3.神(霊)の家族

すると、イエスは彼らに答えて、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれでしょうか」と言われた。・・・だれでも神のみこころを行う人、その人がわたしの兄弟、姉妹、母なのです。」マルコ 3:33~35

イエス様は、神様のみこころを行う人が本当の家族、神(霊)の家族だと言われました。イエス様に仕えるように神(霊)の家族である兄弟姉妹に仕えることは、永遠につながることです。(ヨハネ13:34)
私たちは、機会があるうちに善を行わなければ、時や機会、肉親の家族、神(霊)の家族(兄弟姉妹)との関係もあっという間に過ぎ去って行きます。今は恵みの時、今は救いの日です。」Ⅱコリント6:2

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、刈り取りもすることになります。・・・ですから、私たちは機会があるうちに、すべての人に、特に信仰の家族に善を行いましょう。ガラテヤ 6:6~10