礼拝メッセージ

バビロン捕囚となったユダヤ人は、その後バビロンを征服したペルシアのキュロス王によって帰国が許可されますが、多くのユダヤ人がペルシア国内に留まっていました。エステル記は、クセルクセス王の時代(BC486~465年)、国務長官ハマンは国内のユダヤ人絶滅を画策しますが、それをモルデカイと養女の王妃エステルが未然に防ぎ、同胞を救ったという内容です。ハマンの陰謀が成功していれば、ネヘミヤもイエス様も存在していなかったでしょう。これは、プリムの祭りとして、ユダヤ人に祝われ続けています。(9:16~19,23~32)

1.モルデカイの信仰
モルデカイがハマンに拝礼をしなかったことが事の発端です。ハマンは怒り、モルデカイを木に架け、彼の同胞全体を絶滅させようと画策しますが、モルデカイには深い信仰がありました。
1)創造主なる神様だけを礼拝し、人間に拝礼しない(3:1~6)
2)王を暗殺から守った(2:21~23,6:1~11)
3)自分の民を守った(4:1~8,8章,9:1~15,10:1~3)
4)エステルを励ました(4:13,14)

2.エステルの信仰
あなたは、・・・助かるだろうと、考えてはいけない。もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたもあなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このようなときのためかもしれない。エステル 4:14

エステルは、モルデカイから同胞を絶滅させるという法令が発布されることを聞き、それを撤回させるにはエステル自身が直接王に嘆願するしか道はないと聞かされました。しかし、王の召しなしに王の前に出ることは死をも覚悟しなければならないので、エステルは恐れました。エステルはモルデカイに励まされ、信仰によって前進しました。

私も私の侍女たちも、同じように断食します。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は、死ななければならないのなら死にます。」エステル 4:16

3.イエス様の犠牲
わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。ヨハネ 15:12,13

キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。・・・私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。・・・ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。Ⅰヨハネ 3:16~18

友のために死ぬとは、①自分が損をする ②自分が余計に働く ③自分が恥をかく ④プライドを捨てる ⑤自分のこだわりを捨てる こと、
相手を尊敬するとは、①自分から挨拶をする ②自分の役割を果たす ③相手の意見を尊重する ④相手の利益を図る ⑤祝福を祈る ことです。

ネヘミヤ記は、ネヘミヤがペルシア王宮でアルタクセルクセス王の献酌官をしている時に、祖国エルサレムの城壁が壊され、同胞が困難と恥辱の中にあるとの報告を受けたところから始まっています。
ネヘミヤは先祖の罪を悔い改め、王の許しを得てエルサレムの再建に乗り出し、反対者の妨害と戦いながらもついに城壁の修復を完成させます。それと同時に、ネヘミヤが最も願っていた信仰の回復がなされました。

1.ネヘミヤの祈り
ネヘミヤは捕囚の地にあって、祖国についてもたらされた悲しい報告に愕然とし、断食して主に祈りました。そして、自らの危険を顧みずに、王にエルサレムの城壁の修復を嘆願し、許可をもらいました。

「あの州で捕囚を生き残った者たちは、大きな困難と恥辱の中にあります。・・・』このことばを聞いたとき、私は座り込んで泣き、数日の間嘆き悲しみ、断食して天の神の前に祈った。 ネヘミヤ 1:3,4

・・・私をユダの地、私の先祖の墓のある都へ遣わして、それを再建させて下さい。」 ネヘミヤ 2:5

2.利己心という罪
ネヘミヤは帰還して敵と戦いながら、城壁の修復工事を続けました。この外部問題のほかに内部問題がありました。有力者たちは、自分が利益を得るため(利己心)に律法(みことば)に従わず、何の抵抗もなく同胞を虐げていたのです。ネヘミヤは率先して同胞を助け、報酬を受けずに再建に当たり、彼らを悔い改めに導いて、みことばへの服従を誓わせました。
人は利己心によって、隣人の利益ではなく、自分の利益を優先させてしまい、自分がやるべき事ではなくやりたいことだけをやり、いやなことはすべてスルーしてやらないことがあります。
悔い改めは、悔いるだけではなく心を改めて、行動に移すことです。

・・・有力者たちや代表者たちを非難して言った。「あなたがたはみな、自分の同胞たちに、利子をつけて金を貸している。」・・・私は続けた。「あなたがたのしていることは良くない。あなたがたは、・・・私たちの神を恐れつつ歩むべきではないか。」ネヘミヤ5:7~9

私も、人々が救われるために、自分の利益ではなく多くの人々の利益を求め、・・・すべての人を喜ばせようと努めているのです。」Ⅰコリント10:33

3.喜びの日
城壁が完成し、民は水の門の広場に集まり、神様をほめたたえて礼拝しました。祭司エズラがみことばを朗読して解き明かすと民は理解しましたが、そのみことばに不従順だったがゆえに、捕囚になったこと、今もみことばから遠く離れた生活をしていることに心を刺されて、泣く者たちがいました。エズラは、「主の日だから泣いてはいけない。喜び楽しみなさい。」と命じました。
過去や自分に囚われて、罪や弱さを嘆き悲しんではいけない。主の救いと復活と勝利の日、自分ではなく主に目を留めて、喜び楽しむことができます。

今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。」  ネヘミヤ 8:10

エズラ記は、バビロン捕囚の中にあったユダヤ人が、その後興ったペルシア帝国のキュロス王のBC539年の勅令により、帰還して神殿建設を許され、困難を克服してBC515年に神殿を完成させたことが記されています。
エズラは祭司であり学者でした。彼は、帰還した人々に律法(みことば)を教えて信仰によって歩むように導き、神様にとりなしの祈りをしました。彼らが捕囚から解放され帰還できたのは神様のあわれみです。

1.捕囚からの帰還と神殿の建設
神の民ユダヤ人は、主なる神様を捨てて偶像の神々を慕ったために、異教の国へ捕囚となりました。しかし、神様はペルシア帝国のキュロス王を用いて、ユダヤ人を帰還(3回の帰還:ゼルバベル、エズラ、ネヘミヤ)させ、神殿を再建させました。神殿の再建は反対者もいて困難を極めましたが、BC515年に完成し、エレミヤの預言が成就しました。

「ペルシアの王キュロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私にお与えくださった。この方が、ユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てるよう私を任命された。・・・』エズラ 1:2~4

・・・この地はすべて廃墟となり荒れ果てて、これらの国々はバビロンの王に70年間仕える。・・・  エレミヤ 25:2~12

2.「忘恩」の罪
ユダヤ人は出エジプトによって奴隷状態から救出されたにもかかわらず、「忘恩」の罪によって捕囚となりました。しかし、捕囚からの解放というあわれみを受けてからもその不従順さは根強く残っていました。

私たちの咎は増し、私たちの頭より高くなり、私たちの罪過は大きく、天にまで達したからです。エズラ 9:6

私たちは神様とイエス様の大きな愛とあわれみによって、罪を赦されて救われました。私たちに「忘恩」の心はないでしょうか。

・・・「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」・・・「この杯は、わたしの血による新しい契約です。飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」・・・すべて神の栄光を現すためにしなさい。Ⅰコリント 11:23~31

3.あわれみの主
エズラは、律法に反して、ユダヤ人と離婚し、偶像崇拝者の異教徒と結婚していた人々の罪を、我がことのように嘆き、彼らを悔い改めに導きました。

エズラが神の宮の前でひれ伏して、涙ながらに祈り告白しているとき、・・・民は涙を流して激しく泣いた。エズラ 10:1~5

主の恩を忘れると感謝がなくなり、自己中心になります。主のあわれみと赦しを覚え、喜びと感謝をもって主イエス様と兄弟姉妹に仕えましょう。

主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな。詩篇 103:2

もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。 Ⅰヨハネ1:9

第二歴代誌は、歴史の観点から書かれ、ソロモン王から始まり、分裂した南王国ユダの王たちの治世、王国滅亡、バビロン捕囚までが記されています。ユダの王は、ソロモンの子レハブアム王から始まり、主に従った善王と従わなかった悪王が現れました。
栄華を極めたソロモン王の時代は終わり、さらに不信仰な時代が続いてバビロン捕囚となりますが、最後に回復の希望の預言が記されています。

1.主の約束
ソロモンは神殿を奉献して祈りを捧げます。主はソロモンに信仰によって歩む正しい道と背くことのリスクを示されました。しかし、ソロモンの罪ゆえに王国は分裂し、混沌とした時代に入って行きました。

・・・契約を結んだとおり、わたしはあなたの王座を確立しよう。しかし、もしあなたがたが背いて、あなたがたの前に置いたわたしの掟とわたしの命令を捨て去り、行ってほかの神々に仕え、それを拝むなら、わたしは彼らに与えた地から彼らを根こそぎにし、・・・  Ⅱ歴代誌 7:11~22

2.助けて下さる主
南王国ユダでは、信仰を取り戻して主に立ち返り、国を建て直そうとした王が現れました。主は信頼する者を助けて下さいます。
アサ王は、①異教と偶像を取り除いた(14:3,15:8,16) ②律法と命令を行わせた(14:4,15:12,13) ③町々の建設(14:6,7) ④主への信頼と勝利(14:9~15)⑤祭壇の新調と献げ物(15:8,11)
主は預言者を遣わしてアサ王を励まし、勝利と安息を与えられました。

アサは、自分の神、主の目にかなう良いことを行った。・・・アサは自分の神、主を呼び求めて言った「・・・ Ⅱ歴代誌 14:2~14:12

あなたがたは勇気を出しなさい。力を落としてはなりません。あなたがたの働きには報いがあるからです。Ⅱ歴代誌 15:7

しかし、晩年、アサ王は主を信頼せず、心を頑なにして預言者を迫害し、暴政を行ない、両足の重病の末、亡くなりました。

・・・あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に拠り頼みませんでした。・・・その病気の中でさえ、彼は主を求めず、医者を求めた。Ⅱ歴代誌 16:1~12

3.回復の預言

・・・、だれでも主の民に属する者には、その神、主がともにいてくださるように。その者は上って行くようにせよ。」Ⅱ歴代誌 36:17~23

主は常に真実で、契約や約束を破ることはありません。いつも破るのは人間の側です。しかし、あわれみの主は、常に私たちを信仰の道に立ち返らせようと導いて下さり、どんな状況からも必ず回復させて下さいます。

主は情け深く 正しい。まことに 私たちの神はあわれみ深い。
主は浅はかな者をも守られる。 私がおとしめられたとき 私を救ってくださった。
私のたましいよ おまえの全きいこいに戻れ。主が おまえに良くしてくださったのだから。詩篇116:5~7(助け主 ヨハネ14:16)

歴代誌は、Ⅱサムエル記、ⅠⅡ列王記と並行した内容もありますが、祭司の視点で記されており、イスラエルの真の礼拝と真の主権が主題となっています。第1歴代誌は、アダムから捕囚後までの系図で始まり、神殿建設を目指したダビデ王、即位したソロモン王までが記されています。南王国の部族、ユダとベニヤミン部族、祭司のレビ部族が中心となっています。 今日は、「神様に従った人」ダビデの最後の祈りを見てみましょう。

1.主の創造の力

ダビデは神様の宮を建てることを切望して、あらゆる準備をしてきましたが、その建設は息子ソロモンに託されました。ダビデは私財をなげうって準備をし、それに呼応する者を募ると献げ物が殺到しました。ダビデはそれらを主に献げて、全てを創造し、支配し、所有し、力づけられる主をほめたたえます。

天にあるものも地にあるものもすべて、主よ、王国もあなたのものです。あなたは、すべてのものの上に、かしらとしてあがめられるべき方です。Ⅰ歴代誌 29:11
天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。詩篇19:1

2.唯一の主権者
ダビデは主が全ての主権を持っておられ、義によって全てを公平に裁かれるお方であると告白しています。愛なる赦しの主は、同時に、罪を厳格に裁かれるお方です。

天は神の義を告げ知らせる。神こそが審判者であると。詩篇50:1~23
生ける神の手の中に陥ることは恐ろしいことです。 ヘブル10:19~39

3.ダビデのへりくだり

このように自ら進んで献げる力を持っているとしても、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。すべてはあなたから出たのであり、私たちは御手から出たものをあなたに献げたにすぎません。Ⅰ歴代誌29:14

ダビデは個人財産を惜しみなく神様の宮のために献げました。少しは自慢しても良かったかもしれません。しかし、彼は全てのものは主のものであるとの認識を忘れることはありませんでした。また、自分の人生は、つかの間であり、主に頼らなければ空しいものであると告白しています。

主は、愛と憐れみと赦しのお方ですし、しばしば「恐れるな」と声をかけてくださいます(創世記15:1、イザヤ43:1)。それは、不信仰により恐怖に捕われて尻込みしてはならないと言う意味です。
主は私たちを愛するお父さんのような親しいお方ですが、軽んじてなれなれしくしてはならない、主を「恐れなさい」と命じられています(詩篇34:9,111:10)。ダビデは主を尊敬し恐れをもって仕え、同時に主に対して絶対的な信頼を持っていましたが、他を恐れずに使命を全うしました。

主を恐れる人はだれか。主はその人に選ぶべき道をお教えになる。・・・主はご自分を恐れる者と親しく交わり・・・。詩篇25:12~15

第2列王記には、分裂王国時代の各王の治世について記されています。北王国イスラエルに善王はおらず、BC722年にアッシリア帝国によって滅ぼされました。南王国ユダには数人の善王がいましたが、北王国イスラエルと同様に不信仰ゆえに、BC856年にバビロン帝国によって滅ぼされました。  主はそれぞれの時代に、預言者エリヤ、エリシャ、イザヤたちを通して、民を悔い改めに導こうとされました。  主が望まれる「主の目にかなう」歩みとはどのようなものでしょうか。

1.預言者エリシャ(Ⅱ列王記3~8章)
エリシャは農夫の子でしたが、エリヤの後継の預言者として偶像礼拝をする王たちを責め、預言者の学校を設け、様々な奇蹟(尽きない油、不妊の女の懐妊、男児の蘇生、有毒な煮物の解毒、パンの奇蹟、ナアマン将軍のらい病の治癒、斧の頭の浮揚、敵軍との戦いの奇蹟など)を通して主を証ししました。

エリシャはイスラエルの王に言った。「私とあなたの間には何の関わりがあるでしょうか。あなたの父・・・母の預言者たちのところに行かれたら良いでしょう。」・・・万軍の主は生きておられる。」 Ⅱ列王記3:13,14

2.ヒゼキヤ王(Ⅱ列王記18~20章)
『主はこう言われる。・・・アッシリアの王の若い者たちがわたしをののしった、あのことばを恐れるな。 主の使いが出て行き、アッシリアの陣営で18万5千人を打ち殺した。Ⅱ列王記 19:6,35

ヒゼキヤ王は、主の目にかなうことを行った王の一人でした。彼はアッシリアの圧力に対して、主と預言者イザヤを頼り、勝利を得ました。

3.ヨシヤ王の宗教改革(Ⅱ列王記22,23章)

主に従って歩み、心を尽くし、いのちを尽くして主の命令と証しと掟を守り、・・・この契約のことばを実行することを誓った。Ⅱ列王記 23:3

ヨシヤ王は、みことば(律法の書)に触れて、心を動かされ、悔い改めて国全体を改革しようとしました(Ⅱ列王記22,23章)。
①主の宮の修復 ②みことばの朗読 ③主との契約  ④偶像の除去と破壊 ⑤主への過越のいけにえの再開

ヨシヤのようにモーセのすべての律法にしたがって、心のすべて、たましいのすべて、力のすべてをもって主に立ち返った王は、彼より前にはいなかった。・・・ Ⅱ列王記 23:25

「主の目にかなう歩み」とは、私たちと神様との契約であるイエス様の十字架上の罪無き血潮による愛の契約(マルコ14:24)を信じて、イエス様に従うことです。自分の都合によって生きるのではなく、自分を犠牲にしてイエス様の利益のために、イエス様に従うことです。(マタイ22:37)

わたしが彼らと結ぶ契約はこうである。―主のことば― わたしは、わたしの律法を彼らの心に置き、彼らの思いにこれを書き記す。と言った後で、「わたしは、もはや彼らの罪と不法を思い起こさない。 ヘブル10:16,17

列王記には、ソロモン王の治世とその後の分裂王国の時代、さらに両王国の滅亡までの4世紀にわたる歴史が記されています。ソロモンの死後、イスラエル王国は南北に分裂し、ソロモンの元家来ヤロブアム王が北王国イスラエルを、ソロモンの息子レハブアム王が南王国ユダを治めることになります。第1列王記には主に預言者エリヤの活躍が、第2列王記には主に預言者エリシャの活躍が記されています。
栄華を極めたイスラエル王国は、なぜ分裂し滅びたのでしょうか。

1.ソロモン王の信仰と栄華
見よ。わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。・・・あなたが願わなかったもの、富と誉もあなたに与える。・・・  Ⅰ列王記 3:12,13

ソロモン王は、自分の利益を求めず、神様の民を治める知恵を求めたので、主は彼の信仰を喜び、知恵と知識に加えて全ての栄光を与えました。
ソロモン王が治めるイスラエルは栄華を極め、周辺の国々はイスラエルに服従し、平和が訪れます。諸外国の人々はソロモンの知恵を聞くために集まって来ました(Ⅰ列王記4:21~34、10:1~10)。さらに、父ダビデが熱望していた主の神殿と王宮を完成させました(Ⅰ列王記5~9章)。
イエス様は「栄華を極めたソロモン・・」と言われました(マタイ6:29)。

2.ソロモン王の失敗
もしあなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正直さをもってわたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことすべてをそのまま実行し、わたしの掟と定めを守るなら、・・・ Ⅰ列王記 9:2~9

しかし、主の祝福には条件が付いていました。ソロモン王はダビデ王と同様にたくさんの奥さんを持ったために、異教の神々と偶像崇拝に巻き込まれ、主から心が離れてしまいました。その結果、王国は分裂し、両王国とも滅亡して捕囚となってしまいました。

・・・彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われた、その国々の者であった。しかし、ソロモンは彼女たちを離れなかった。・・・ Ⅰ列王記 11:1~13(ネヘミヤ 13:25~27)

3.預言者エリヤ

王国が分裂した後、北王国イスラエルはヤロブアム王によって、金の子牛が神とされました(Ⅰ列王記12:25~33)。アハブ王の時代にはバアル崇拝が導入されて信仰的に最も堕落した時代へと入っていきました。その時代に主は、イスラエルを立ち返らせるために預言者エリヤを遣わしました。

いつまで、どっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、主に従い、もしバアルが神であれば、バアルに従え。」 Ⅰ列王記 18:21

ダビデ、ソロモンを始め、歴代の王たちが信仰から離れました。みことばに従わないことが、信仰のつまづきの原因であり、滅亡の発端です。

かつて書かれたものはすべて、私たちを教えるために書かれました。それは、聖書が与える忍耐と励ましによって、私たちが希望を持ち続けるためです。ローマ 15:4

Ⅱサムエル記には、サウル王の死後にダビデ王がイスラエルを統一し王国を確立したことが記されています。しかし、そこには国内外の問題、家族の問題、ダビデ自身の失敗など、様々な問題がありました。

1.王国の確立
ダビデは、サウル王の死後、主に油注がれた故サウル王に敬意を表して、サウル家の人々を尊重し(Ⅱサムエル 1:17~27、2:6、9:1)、サウル派とダビデ派を統一して王国を確立しました。また、エルサレムを新しい首都とし、神様の契約の箱を運び入れて安置して民を信仰へと導きました。さらに、周囲の敵国を征服し平和を実現しました(Ⅱサムエル 7:1)。
ダビデは多くの詩篇を残しています(彼の名前が付いている詩篇は73ある)。彼は晩年まで篤い信仰を持ち続け、あらゆる場面で主をほめたたえ、心のうちをぶつけ、主に助けを求め、神様と親しく歩みました。

主はわが厳 わが砦 わが救い主 身を避けるわが岩 わが神。
わが盾 わが救いの角 わがやぐら。 詩篇 18:2

2.ダビデ王の失敗

また王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。申命記 17:17

ダビデは信仰の王でしたが、主の命令に従わなかったために、自分自身や王国に災いを招いていました。たくさんの奥さんを持ったために、王位継承の争い、兄弟間の不品行と殺人事件、息子アブシャロムの反逆などの問題が発生しました。また、人妻バテ・シェバとの不倫と夫ウリヤの殺害は(Ⅱサムエル11,12章)、彼の人生を苦しめることになります。

ダビデはナタンに言った。「私は主の前に罪ある者です。」ナタンはダビデに言った。「主も、あなたの罪を取り去ってくださった。あなたは死なない。・・・」 Ⅱサムエル12:13

神よ 私をあわれんでください。あなたの恵みにしたがって。私の背きをぬぐい去ってください。あなたのゆたかなあわれみによって。詩篇 51:1

3.ダビデ王最後の言葉(Ⅱサムエル32:1~7)

ダビデはイスラエル王国を確立した王として、信仰の人として、救い主イエス様の家系としてとても大きな働きをしました。彼は波瀾万丈の生涯を振り返り、私たちに大切な言葉を残しています。
「『主の道に歩みなさい』これがすべての人にとって最も大切なことである。どんな苦境に立ったとしても、主が支えてくださる。どんなに大きな問題に遭遇しても、主が解決してくださる。どんなに大きな失敗があっても、立ち返れば主は赦して受け入れて下さる。もう一度前へ進もう」

神は約束にしたがって、このダビデの子孫から、イスラエルに救い主イエスを送ってくださいました。使徒 13:23

・・・彼は息子のソロモンに次のように命じた「・・・あなたの神、主への務めを守り、モーセの律法の書に書かれているとおりに、主の掟と命令と定めとさとしを守って主の道に歩みなさい。・・・」Ⅰ列王記2:1~4

サムエル記Ⅰ、Ⅱは、元々ヘブル語聖書では1巻でした。士師時代の終りから、ダビデ王の最後までの約100年間(BC1075~975)について記されています。サムエルは霊的な指導者として活躍し、イスラエルの王に油を注いだ人物です。第1にはサウルとヨナタンの死までが記されています。

1.サムエル
サムエルは父エルカナ、母ハンナの間に生まれましたが、誕生前から神様に仕える者として献げられました。ハンナは心から主をたたえました(ハンナの祈りⅠサムエル2:1~10)。
サムエルは幼い時から祭司エリに仕え、エリの息子たち(献げ物の強奪、不品行、Ⅰサムエル2:12~17、22~25)とは対照的に、最後の士師、最初の預言者として、背教のイスラエルにあって、民を導きました。その後、民の要求により最初の王サウルに油を注ぎ、サウル王が不信仰によって失脚した後には、ダビデに油を注ぎました。彼は君主政治の設立者です。

サムエルは成長した。主は彼とともおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。Ⅰサムエル 3:19

2.サウル王

サウル王はイスラエルで最初の王となりますが、不信仰(祭儀の越権行為Ⅰサムエル13章、聖絶の命令に従わずⅠサムエル15章)と罪(霊媒、Ⅰサムエル28章)により王位を剥奪されました。それにもかかわらず王位に留まり、主によって次期王として油注がれたダビデを殺害しようとしました。サウル王の息子ヨナタンとダビデは篤い友情で結ばれますが、サウル王は最後まで悔い改めることなく戦死しました。

サムエルは言った。「主は、全焼のささげ物やいけにえを、主の御声に聞き従うほどに喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。従わないことは占いの罪、高慢は偶像礼拝の悪。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」Ⅰサムエル 15:22,23

3.ダビデ王

ダビデは幼いころから神様に対する強い信仰を持ち、神様を侮辱するペリシテ軍のゴリヤテを倒しました。その後、イスラエル王国を統一し確立しました。

ダビデは言った。「獅子や熊の爪からしもべを救い出してくださった主は、このペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」Ⅰサムエル17:37

主のしもべとは能力のある立派な人ではなく、みことばを信じ切った人、へりくだった人、聞き従う人です。多少の失敗があっても、素直にイエス様の下に立ち返る人です。悔いるだけ悔いてもそれで終わってしまい、改めの行動がなければ意味はありません。

ダビデも、行ないと関わりなく、神が義とお認めになる人の幸いを、このように言っています。「幸いなことよ、不法を赦され、罪を覆われた人たち。幸いなことよ、主が罪をお認めにならない人。」  ローマ 4:6~8

ルツ記には、士師時代の背信、偶像崇拝、争いの中にあって、1人のモアブ人女性の純粋な信仰と義母への献身的な愛が描かれています。ルツの子孫にダビデ王が生まれ、その家系に救い主イエス様が生まれました。

1.予期せぬ出来事
エリメレク・ナオミ一家は、飢饉によって異国への移住を余儀なくされました。その後、エリメレクは死に、結婚した2人の息子も嫁を残して死にました。幸せを求めて新天地へ行ったにもかかわらず結果は散々でした。

さばきつかさが治めていたころ、この地に飢饉が起こった。・・・モアブの野へ行き、そこに滞在することにした。ルツ記 1:1

全能者が私を大きな苦しみにあわせたのですから。・・・主が私を卑しくし、全能者が私を辛い目にあわせられたというのに。ルツ記1:20,21

2.人との出会い、神様との出会い

モアブへの移住により、ナオミは2人のモアブ人女性オルパとルツに出会いました。オルパとルツはモアブの神ケモシュ(人身犠牲、Ⅱ列王記3:27)ではない、ナオミが信じる真の神、創造主と出会いました。夫の死後、オルパは実家へ帰り、ルツはナオミから離れませんでした。

彼女たちはまた声をあげて泣いた。オルパは姑に別れの口づけをしたが、ルツは彼女にすがりついた。ルツ記 1:14

3.全てを善に変えてくださる神様

①真の神様を信じて従ったルツ
・・・あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり、御子が天から来られるのを待ち望むようになったかを、知らせているのです。・・・ Ⅰテサロニケ 1:9,10

②絶望から希望へ変えられたナオミ
ルツは献身的にナオミに仕え、買戻しの権利があるボアズと結婚して 子供をもうけました。ナオミはルツの信仰によって自分自身の信仰の回復と祝福をいただきました。
「主がほめたたえられますように。・・・」ナオミはその子を取り、胸に抱いて、養い育てた。ルツ記 4:14~16

③救い主イエス様の誕生(全世界と私たちの救い)
ボアズがルツによってオベデを生み、・・・エッサイがダビデ王を生んだ。・・・イエスは、このマリアからお生まれになった。マタイ1:5~16

私たちの人生にも望まないこと、予期しないことが起こります。しかし、すべてのことは偶然ではなく、神様の御手、救い主イエス様の愛と憐れみの内にあります。イエス様を愛して従う人、すがりついて離れない人は幸いです。神様、イエス様、兄弟姉妹、教会に仕えて忠実に歩みましょう。

神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。  ローマ 8:28