礼拝メッセージ

私は今、イスラエルのほか、全世界のどこにも神はおられないことを知りました。 Ⅱ列王記 5:15

BC850年頃、神様は異邦人であるアラム王国のナアマン将軍と身近な人々を通して、ご自身の存在と預言者エリシャの存在をイスラエルと近隣の国々に示されました。

1.神様の証しは、無名の証し人から

①イスラエルの娘
「もし、ご主人様がサマリアにいる預言者のところに行かれたら、きっと、その方がご主人様のツァラアトを治してくださるでしょう。」Ⅱ列王記 5:3(4:32~37)

②ナアマン将軍のしもべたち
「わが父よ。・・・あの人は『身を洗ってきよくなりなさい』と言っただけではありませんか」 Ⅱ列王記 5:13

2.ナアマン将軍のへりくだり

①プライドを捨てた
最初、ナアマン将軍は、預言者エリシャがうやうやしく呪文を唱え、厳かな儀式を行って癒やしてくれるものと思っていました。しかし、エリシャのあまりに単純な方法に激怒して帰ろうとしましたが、しもべたちの進言に考えを改め従いました(Ⅱ列王記5:11~14)

②神様だけを礼拝
真の神様の偉大さを体験したナアマン将軍は、偶像崇拝の環境の中でも真の神様のみを礼拝する信仰へと変えられました(Ⅱ列王記5:17~19)

3.預言者エリシャの信仰
農夫エリシャは、預言者エリヤの後継者として召され、預言者として活躍しました(Ⅰ列王記19:15~21)

①神様の存在を証し
預言者エリシャは、偶像崇拝に侵されていたイスラエルのヨラム王と国民に神様の存在を証ししました
(Ⅱ列王記5:8~10)

②報酬を求めない
「私が仕えている主は生きておられます。私は決して受け取りません。 Ⅱ列王記 5:16

預言者エリシャ、ナアマン将軍、無名の人々は、現在の私たちに歩むべき道を示しています。

知れ。主こそ神。主が私たちを造られた。
私たちは主のもの 主の民 その牧場の羊。 詩篇 100:3

あなたがたは互いに愛し合いなさい。・・・あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのようになります。 ヨハネ13:34,35

・・あなたがたはただで受けたのですから、ただで与えなさい。マタイ10:7,8

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。 Ⅰテサロニケ 5:16,17,18

神様は、私たちが「喜び、祈り、感謝」することができるように「創造、贖罪、救い、赦し、恵み、哀れみ、勝利、天の御国など」すべての良きものを与えて下さいました。
「喜び、祈り、感謝」することは、すべての人にとって、主のみこころですが、私たちクリスチャンの特権です。

1.「喜び、祈り、感謝」は信仰
信仰がなくては神様に喜ばれることはできません(ヘブル11:6)。そして、信仰がなければ「喜び、祈り、感謝する」ことはできません。

①喜び―みことばへの信頼
いつも主にあって喜びなさい。 ピリピ 4:4

②祈り―イエス様への信頼
あらゆる祈りと願いによって、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのために、目を覚ましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。 エペソ 6:18

③感謝―父なる神様への信頼
いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝しなさい。エペソ 5:20

2.「不平、不満、つぶやき」は不信仰

神様の大いなる愛・みわざを疑い、不信仰になっていては、何も良きものは生まれません。また、兄弟姉妹や教会に対して不平不満やつぶやきが出てくると、「喜び、祈り、感謝せよ」との主のみこころからどんどんかけ離れた信仰になっていきます。

また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって、滅ぼされました。Ⅰコリント 10:10

3.信仰の歩み「喜び、祈り、感謝」

①兄弟姉妹を喜びとする歩み
兄弟姉妹の信仰を喜びとする信仰、兄弟姉妹を喜ばせる信仰を喜びとする信仰の歩み。

私たちの神の御前にあって、あなたがたのことで喜んでいる私たちのこのすべての喜びのために、神にどんな感謝をささげたらよいでしょう。  Ⅰテサロニケ 3: 9

②私たちを守る「喜び」
「喜び」は、私たちを悪しきものや危険から守ってくれます。

主にあって喜びなさい。私は、また同じことをいくつか書きますが、これは私にとって面倒なことではなく、あなたがたの安全のためにもなります。ピリピ 3:1

もしもだれかがキリスト〈メシヤ〉にある〈つぎ木される〉なら、その人は〈全く新しい被造物〉一つの新しい創造なのです。古いもの〈従来の道徳的また霊的状態〉はすでに過ぎ去ったのです。ごらんなさい、新鮮な〈新しい〉ものが来ました。Ⅱコリント 5:17(詳訳)

世界中で2019年・新しい年を迎えました。
聖書は、私たちがイエス様によって「古い過去は過ぎ去って全く新たに創造された者である」と教えてくれます。

1.キリストのうちにある

「キリストのうちにある」とは、以下の意味です。

①キリストを信じる者(現代訳)
②キリストにつぎ木される(詳訳)
③キリストの贖罪にあずかった者(新聖書注解)

2.古いものはすでに過ぎ去って新しくなりました

このことばは、神様の新しい創造を現わしています。

「過ぎ去って」(不定過去)一度限り
「新しくなりました」(完了形)その結果は継続している。

自分に失望したとしても、神様が私たちに成して下さった「贖罪による過去の清算と新しい創造」を否定することはできません。それを否定することは、神様を偽り者とし、自分の意見を正しいとすることだからです。肉にしたがって、イエス様や自分を知ることは間違いです。

ですから、私たちは今後、肉にしたがって人を知ろうとはしません。かつては肉にしたがってキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。Ⅱコリント5:16

3.日々新たにされている

ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。  Ⅱコリント 4:16

反対に「キリストのうちにないなら」古いままです。しかし、新しくされた信仰者は、隣人と神様との和解の務めを目標とする者です。

いっさいの事は神から〔出る〕のであって、その〔神〕は、イエスキリストによって、私たちをご自身と和解させ〈私たちを愛の中に受け入れ、ご自身との調和の中にはいらせ〉、そして〈私たちが、言葉と行ないをもって、他の人々を神と和合させることを私たちの目標とするように〉私たちに和解の役目をお授けになったかたです。Ⅱコリント5:18(詳訳)

「本当の意味でわたしに頼るというのは、ただ単に、自分がすると決めたことを祝してください、と願うことではない。
心を開いてわたしのもとに来て、”どうぞ、私の中にあなたの願いを植えつけてください”と求めることだ。」
『わたしは決してあなたをひとりにしない』(サラ・ヤング著)

それで、次のように祈りなさい、
天にいます私たちの父よ、あなたの御名が崇められますように〈あくまで聖なるものでありますように〉。
あなたのみ国が来ますように。あなたのみこころが天で行われるように地上で行われますように。
私たちの日々のパンをきょうも私たちに与えてください。
また、私たちにおいめのある者を私たちが赦しましたように〈おいめをそのままにした、免除した、許してやった、またおいめある者に対して憤りを捨てた、ように〉私たちのおいめをも赦してください。
また、私たちを誘惑に陥れないで〈連れ込まないで〉、悪い者から私たちを救い出してください。
み国とみ力とご栄光はいつまでもあなたのものであるからです。アーメン。      マタイ6:9~13(詳訳)

日本では1週間前にクリスマスを祝っていた多くの人たちが早朝から神社仏閣へ偶像崇拝へと出かけます。そうすることが日本人として当然の行為であり、信心深く尊い立派なこととして認識されています。
このような日本にあって、私たちは「御国が来ますように、みこころが地上で行われますように」と祈り続けます。

1.コペルニクス的転回

私たちは福音に出会って、無神論者からクリスチャンへと価値観が180度大転換しました。しかし、クリスチャン生活を送る中で、少数派ゆえに受け入れてもらえず、この世の思考に影響されてしまうことがあります。
すべての人は新年に創造主なる神様と救い主なるイエス様を礼拝すべきです。私たち礼拝者こそ正しい当然のことをしており、主イエス様は喜んでおられます。神様の視点、聖書の視点からすべてを見ましょう。
改めて聖書に立つコペルニクス的転回が必要です。

(「コペルニクス的転回」カントが、自分の学説の独創的なることを自負して用いた語。旧来の天動説に対するコペルニクスの地動説のような180度の大転換をいう。見方や考え方が正反対に変わることのたとえ。パラダイム転換。〈コトバンク〉)

2.御国とみこころ

「御国が到来し、みこころが地で行われる」とは、神様の主権による支配、統治のことです。

「・・・見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」ルカ17:21

自分の心は、神様に支配されたくないが、神様の御国が到来し、みこころがなるように希望することはできません。自我の満足、自分の利益、プライドを守ることを喜びとせず、自分自身を神様に支配していただき、神様のみこころがなることを第一の喜びとすることです。

3.わたしの恵みはあなたに十分である

御国が到来し、みこころがこの地に行われる状態とは、どのような状態なのでしょうか。

・家族、友人知人、地域の人々がドンドン救われる。
・癒やし、解放、奇蹟がドンドン行われる。
・信じる者がドンドン加えられて教会が大きくなる。
・信仰がドンドン成長して立派なクリスチャンになる。

このようなことが起こったらなんと素晴らしいことでしょうか。私たちはこれらが起こることを祈り求めています。 聖書を見ると初代教会でこのようなことが顕著に現れましたが、迫害・問題・争い・困難もそれ以上に発生しました。
御国の到来とは、主イエス様の恵みの中、信仰によって困難に打ち勝っていくことです。

しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。    Ⅱコリント12:9

わたしはソドムとゴモラにしたように、おまえたちの町のいくつかを破壊した。生き残った者たちも、まるで火の中から取り出された燃えさしのようだった。それでも、わたしのもとへ帰ろうとしなかった。
だから、警告しておいたとおり、おまえたちをもっとひどい災難に会わす。イスラエルよ、おまえの神に会う備えをせよ。」アモス 4:12(LB訳)

今年の漢字は「災」でした。今年は、西日本豪雨(死者200人超)、大阪北部地震、胆振東部地震(北海道初の震度7、ブラックアウト)、台風、豪雪、猛暑などの自然災害が発生しました。私たちは「備え」の必要性を痛感しました。
預言者アモスは、南王国ユダのテコアに住む農夫でしたが、北王国イスラエルの王ヤロブアムⅡ世(BC793~753)の治世に遣わされました。イスラエルはつかの間の繁栄のために、信仰的・社会的に堕落していました。アモスは神様のさばきを警告しますが、人々は聞き入れず、イスラエルは約30年後にアッシリア捕囚により滅びてしまいます。

聖書は、神様に会うための「備え」の重要さを教えています。

1.すべての人は、神様の前に立つ時が来る

私たちは例外なく、すべての人が自分の言動について神様の前に申し開きをしなければなりません。

私たちはそれぞれ自分について、神に申し開きをすることになります。 ローマ14:12(マタイ12:33~37)

2.イエス様は予期せぬ時に突然来られます

神様は、いつも私たちが歩むべき道からそれないように注意を与えていてくださいます。それを素直に受け入れ、イエス様にお目にかかる日を心から喜び楽しみ、そのためにいつも備えている人は幸いです。

・・・帰ってきた主人に、目を覚ましているのを見てもらえるしもべたちは幸いです。・・・ ルカ 12:35~48

3.神様は災いではなく、平安・将来・希望を与えてくださいます

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。ヨハネ 3:17

・・・わたし自身、あなたがたのために立てている計画を良く知っている――主のことば――。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。・・・エレミヤ29:10~14

あなたたちのために、きょう、ダビデの町に救い主がお生まれになった。そのかたこそ主なるキリスト〈メシヤ〉である。ルカ 2:11(詳訳)

クリスマスは、私たちのためにお生まれになった救い主イエス様のお誕生をお祝いする日です。救い主であるイエス様は、私たちを何から救って下さるのでしょうか。
〔救いとは、ある状況(危険、困難、困窮、苦痛、悪)、束縛や支配などにある者に力を借し、そこから逃れられるように助けること。〕

1.罪からの救い
このかたこそご自分の民をその罪から救われる〔すなわち、彼らが人生の真の目的と目標(神こそそれである)に達せず、またそれを見失うことのないようにされる〕からである。マタイ 1:21(詳訳)

罪とは「的はずれ」という意味ですⅠヨハネ3:4「罪とは律法に違反することです。」とあります。詳訳聖書では「罪を犯す〈罪の生涯を送っている〉者は、だれでも不法を行っているのです。というのは、罪とは〔なんであるかというと〕不法である〔そむいたり、なおざりにしたりすることによって、神の律法を破ること、犯すことであり、神の命令とみこころによって制約されず、また規制もされないことである〕からです。」
罪とは、私たちが神様から与えられた本当の目的・目標を見失った人生、聖書によって命じられていることに制約されず、自分勝手な生涯を送ることです。イエス様はそこから私たちを救い出して下さいます。
罪には刑罰が伴います。

2.束縛からの救い
私たちは「サタン、悪霊、罪、自我、欲」に支配されていました。

私たちもみな、・・・かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれながらに御怒りを受けるべき子らでした。 エペソ 2:3

しかし、イエス様はその支配を打ち破り、解放して下さいました。

恵みもまた義によって支配して、私たちの主イエス・キリストにより永遠の命に導くためなのです。ローマ 5:21

3.先祖伝来のむなしい生き方からの救い
私たちの人生は、だれでもたった一度しかありません。決して生まれ変わることはありません。その人生が空虚で意味のないものであったら、どんなに寂しいことでしょうか。イエス様は人生の目的と結果を明確にし、神様に喜ばれる充実した人生を与えてくださいます。

あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、・・・キリストの、尊い血によったのです。Ⅰペテロ 1:18,19

あなたたちのために、きょう、ダビデの町に救い主がお生まれになった。そのかたこそ主なるキリスト〈メシヤ〉である。
あなたたちは、布にくるまって、飼い葉おけの中に寝かされているみどりごを捜し当てる。それが、あなたたちのためのしるしである〔それによって、あなたたちが彼を認めるのである〕」。     ルカ 2:11,12(詳訳)

主の御使いが主の栄光の光とともに、野宿をしている羊飼いたちのそばに立って、すべての人のために来られた救い主の誕生を知らせました。

1.飼い葉桶に寝ている赤ちゃん
イエス様の時代とは言え、赤ちゃんを飼い葉桶に寝かせる人はいません。普通は暖かく柔らかい寝床に寝かせるでしょう。神様は、突拍子もないやり方を示して、羊飼いたちが迷わないで、すべての人々のためにお生まれになった救い主イエス様を知ることができるようにして下さいました。
私たちも聖書を通して、預言の成就や誕生と生涯の特異さがしるしとなって、イエス様が唯一の救い主であることを知りました。

2.個人的にイエス様を見つける
しかし「救い主イエス様はみんなを救うために誕生して下さった。」と、一般論として捉えているならば、救い主イエス様を見つけたことにはなりません。イエス様と一対一で出会う必要があります。

ペテロは言った、「あなたに私の足を洗っていただくことは断じてしません」。イエスは答えられた、「もし私が洗わないなら、あなたは私と何の関係もない〈わたしとの交わりにあずかっていない〉〔わたしに結びついた者ではない〕」。 ヨハネ13:8(詳訳)(ヘブル10:22)

3.個人的にイエス様と歩む
私たちは、イエス様を自分自身の救い主として信じ、受け入れ、愛しています。人との比較や優劣、人と歩調を合わせるのではなく、イエス様をいつも共にいて下さる人生の伴走者として信頼しています。
愛する兄弟姉妹は、互いに愛するため、仕え合うため、死ぬために存在しています。愛とやさしさとあわれみに満ち、慰め、励ましてくれます。しかし、ひとりで信仰の試練に立ち向かわなければならない時や、ひとりでイエス様と向き合わなければならない時もあります。

イエスは三度目もペテロに、「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛していますか」と言われた。ペテロは、・・・心を痛めてイエスに言った。「主よ、・・・あなたは、私があなたを愛していることを知っておられます。」・・・イエスは、・・・ペテロに言われた。「わたしに従いなさい。」・・・ペテロは彼を見て、「主よ、この人はどうなのですか」とイエスに言った。イエスはペテロに言われた。「・・・あなたに何の関わりがありますか。あなたは、わたしに従いなさい。」  ヨハネ 21:17~22

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。  イザヤ 9: 6,7

預言者イザヤは、イエス様が誕生する約750年前に救い主イエス様の誕生を預言しました。その成就は、ルカの福音書2:11に記されています。そこには、あなたへの愛が満ちあふれています。

1.私たちのために
赤ちゃんとしてお生まれになった救い主イエス様は、誰のためでもない、あなたのためにお生まれになりました。神様のひとり子があなたに与えられました。何という驚き、何という光栄でしょうか。

2.イエス様のお名前
救い主イエス様は人としてお生まれになりましたが、すべての主権を持っておられる神様そのもの、神様と同一のお方です。イエスとは、インマヌエル(神はわれらとともにおられる)という意味ですが、ここで示されている4つの名前に、更にその存在の意味が表わされています。

①不思議な助言者(Wonderful Counsellor)
主イエス様は、ワンダフルカウンセラーですから、助言者(ブレーン)のいらない主権者=王です。

②力ある神(Mighty God)
私たちの神であり救い主であるイエス・キリストの義によって・・・。 Ⅱペテロ 1:1(テトス 2:13)

③永遠の父(Everlasting Father)
わたしと父とは一つです。
ユダヤ人たちは、イエスを石打にしようとして、再び石を取り上げた。ヨハネ 10:30,31

④平和の君(Prince of Peace)
実に、キリストこそ私たちの平和です。・・・十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。エペソ 2:14~16

3.神様の熱心
神様が人となってこの地上に来られたと言うことは、人間の考えが及ばない、誰も考え付かない神秘的なことです。神様は、自然法則や歴史の通念を打ち破り、あなたの救いのために介入して下さって、唯一の救いの道を開いて下さいました。そこまで、あなたを愛しておられます。

私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。
私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。
主は あなたの足をよろけさせず
あなたを守る方は まどろむこともない。 詩篇 121: 1~3

神にとっては何事も決して不可能ではありません〈神から出ることばで、実現の力のないものは一つもありません〉。ルカ 1:37(詳訳)

今日からクリスマスまでの4週間は待降節(アドベント)です。クリスマスにちなんだみことばを思い巡らし、主イエス・キリストのご降誕を待ち望む期間です。
マリアは最初、御使いガブリエルの受胎告知のことばに戸惑い、否定しました。しかし、親類のエリサベツが高齢にも関わらず御使いのお告げどおりに妊娠し6ヶ月になっていることを聞いていたので、告げられた事実を受け入れることができました。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」   ルカ1:45

1.マリアの場合
もし、マリアが主からの受胎告知のことばを最後まで受け入れなかったとしたらどうなっていたでしょうか。結婚前の望まない妊娠ということで、婚約者ヨセフや家族との関係が壊れ、自分自身も胎の実も否定して自暴自棄になり、二人の命にも危険があったでしょう。しかし、マリアは「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)と受け入れたため、幸いな者となりました。そして、主イエス様の救いが完成し、すべての人に提供されました。

2.私たちの場合
私たちは、神様が全知全能であることを信じています。しかし、知識だけでそのように考えていても、自分自身の身の上に神様のみことばが実現することを信じていないのであれば、他人事、絵に描いたもちでしかありません。

①救い
あなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 ローマ10:9,10

②共におられる
見よ。わたしは世の終りまで、いつもあなたがたとともにいます。  マタイ28:20

③助け
ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折りにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。ヘブル4:16

④よみがえり
わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。 ヨハネ11:25

⑤永遠の住い                                       
私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住いがあることを、私たちは知っています。Ⅱコリント5:1

もしあなたたちが、自分は悪い者であっても自分の子には良い〈有益な〉贈り物を与えることを知っているならば、まして天におられるあなたたちのみ父は〔完全であるから〕自分に求め続ける者に、良い〈有益な〉ものをお与えにならないということがあるだろうか。
それだから、なんでもほかの人から自分に〈自分のために〉してもらいたいと思うことは、ほかの人にも〈ほかの人のためにも〉また同じようにしなさい。それが律法と預言者〔の要約〕だからである。 マタイ 7:11,12(詳訳)

イエス様は、私たちが不信仰に陥りやすく、神様に対して悪いイメージを抱きやすく、みことばの真理からはずれ、自己中心になって誠実に生きることをあっさりと放棄してしまうことをよくご存じなので、みことばに従って生きることの大切さを教え、励ましを与えて下さっています。

1.天のお父さんは良いお方
イエス様は、私たち人間の父(不完全、自己中心、不親切、物惜しみ、独りよがり)であっても、自分の子供には有益なものを与えるであろう。そうであるならば、全知全能にして正義であられ、聖い善なる天のお父さんは、求める者に最善のもの(「聖霊」ルカ11:13)を下さると断言されました。

すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。             ヤコブ 1:17

2.人からしてもらいたいことを人にしなさい
天のお父さんが、このように求める者に良い(有益な)ものを下さっているので、私たちも神様の愛の配慮を実践するように命じられています。

①天のお父さんはご自身が私たちからしてもらいたいことをして下さっている。
②聖書(律法と預言者)の要約(重要な点のまとめ)
③失望しないで、あなたもこの基準に従って生きなさい

3.いのちに通じている狭い門から入りなさい。
神様に対して有益なもの(信仰・希望・愛・道・真理・みこころ)を求め続け、捜し続け、たたき続ける人は少なく、その道には困難(自己犠牲、自己否定)が伴っています。しかし、天の良きお父さんは、その有益な道を選択して歩むように命じておられます。

私は今日、あなたがたに対して天と地を証人に立てる。私は、命と死、祝福とのろいをあなたの前に置く。あなたは命を選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためである。まことにこの方こそあなたのいのちであり、あなたの日々は長く続く。 申命記 30:19,20

人の目にはまっすぐに見えるが、
その終りが死となる道がある。 箴言 14:12