礼拝メッセージ

ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。  イザヤ 9: 6,7

預言者イザヤは、イエス様が誕生する約750年前に救い主イエス様の誕生を預言しました。その成就は、ルカの福音書2:11に記されています。そこには、あなたへの愛が満ちあふれています。

1.私たちのために
赤ちゃんとしてお生まれになった救い主イエス様は、誰のためでもない、あなたのためにお生まれになりました。神様のひとり子があなたに与えられました。何という驚き、何という光栄でしょうか。

2.イエス様のお名前
救い主イエス様は人としてお生まれになりましたが、すべての主権を持っておられる神様そのもの、神様と同一のお方です。イエスとは、インマヌエル(神はわれらとともにおられる)という意味ですが、ここで示されている4つの名前に、更にその存在の意味が表わされています。

①不思議な助言者(Wonderful Counsellor)
主イエス様は、ワンダフルカウンセラーですから、助言者(ブレーン)のいらない主権者=王です。

②力ある神(Mighty God)
私たちの神であり救い主であるイエス・キリストの義によって・・・。 Ⅱペテロ 1:1(テトス 2:13)

③永遠の父(Everlasting Father)
わたしと父とは一つです。
ユダヤ人たちは、イエスを石打にしようとして、再び石を取り上げた。ヨハネ 10:30,31

④平和の君(Prince of Peace)
実に、キリストこそ私たちの平和です。・・・十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。エペソ 2:14~16

3.神様の熱心
神様が人となってこの地上に来られたと言うことは、人間の考えが及ばない、誰も考え付かない神秘的なことです。神様は、自然法則や歴史の通念を打ち破り、あなたの救いのために介入して下さって、唯一の救いの道を開いて下さいました。そこまで、あなたを愛しておられます。

私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。
私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。
主は あなたの足をよろけさせず
あなたを守る方は まどろむこともない。 詩篇 121: 1~3

神にとっては何事も決して不可能ではありません〈神から出ることばで、実現の力のないものは一つもありません〉。ルカ 1:37(詳訳)

今日からクリスマスまでの4週間は待降節(アドベント)です。クリスマスにちなんだみことばを思い巡らし、主イエス・キリストのご降誕を待ち望む期間です。
マリアは最初、御使いガブリエルの受胎告知のことばに戸惑い、否定しました。しかし、親類のエリサベツが高齢にも関わらず御使いのお告げどおりに妊娠し6ヶ月になっていることを聞いていたので、告げられた事実を受け入れることができました。

「主によって語られたことは必ず実現すると信じた人は、幸いです。」   ルカ1:45

1.マリアの場合
もし、マリアが主からの受胎告知のことばを最後まで受け入れなかったとしたらどうなっていたでしょうか。結婚前の望まない妊娠ということで、婚約者ヨセフや家族との関係が壊れ、自分自身も胎の実も否定して自暴自棄になり、二人の命にも危険があったでしょう。しかし、マリアは「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」(ルカ1:38)と受け入れたため、幸いな者となりました。そして、主イエス様の救いが完成し、すべての人に提供されました。

2.私たちの場合
私たちは、神様が全知全能であることを信じています。しかし、知識だけでそのように考えていても、自分自身の身の上に神様のみことばが実現することを信じていないのであれば、他人事、絵に描いたもちでしかありません。

①救い
あなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 ローマ10:9,10

②共におられる
見よ。わたしは世の終りまで、いつもあなたがたとともにいます。  マタイ28:20

③助け
ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折りにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。ヘブル4:16

④よみがえり
わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。 ヨハネ11:25

⑤永遠の住い                                       
私たちには天に、神が下さる建物、人の手によらない永遠の住いがあることを、私たちは知っています。Ⅱコリント5:1

もしあなたたちが、自分は悪い者であっても自分の子には良い〈有益な〉贈り物を与えることを知っているならば、まして天におられるあなたたちのみ父は〔完全であるから〕自分に求め続ける者に、良い〈有益な〉ものをお与えにならないということがあるだろうか。
それだから、なんでもほかの人から自分に〈自分のために〉してもらいたいと思うことは、ほかの人にも〈ほかの人のためにも〉また同じようにしなさい。それが律法と預言者〔の要約〕だからである。 マタイ 7:11,12(詳訳)

イエス様は、私たちが不信仰に陥りやすく、神様に対して悪いイメージを抱きやすく、みことばの真理からはずれ、自己中心になって誠実に生きることをあっさりと放棄してしまうことをよくご存じなので、みことばに従って生きることの大切さを教え、励ましを与えて下さっています。

1.天のお父さんは良いお方
イエス様は、私たち人間の父(不完全、自己中心、不親切、物惜しみ、独りよがり)であっても、自分の子供には有益なものを与えるであろう。そうであるならば、全知全能にして正義であられ、聖い善なる天のお父さんは、求める者に最善のもの(「聖霊」ルカ11:13)を下さると断言されました。

すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。             ヤコブ 1:17

2.人からしてもらいたいことを人にしなさい
天のお父さんが、このように求める者に良い(有益な)ものを下さっているので、私たちも神様の愛の配慮を実践するように命じられています。

①天のお父さんはご自身が私たちからしてもらいたいことをして下さっている。
②聖書(律法と預言者)の要約(重要な点のまとめ)
③失望しないで、あなたもこの基準に従って生きなさい

3.いのちに通じている狭い門から入りなさい。
神様に対して有益なもの(信仰・希望・愛・道・真理・みこころ)を求め続け、捜し続け、たたき続ける人は少なく、その道には困難(自己犠牲、自己否定)が伴っています。しかし、天の良きお父さんは、その有益な道を選択して歩むように命じておられます。

私は今日、あなたがたに対して天と地を証人に立てる。私は、命と死、祝福とのろいをあなたの前に置く。あなたは命を選びなさい。あなたもあなたの子孫も生き、あなたの神、主を愛し、御声に聞き従い、主にすがるためである。まことにこの方こそあなたのいのちであり、あなたの日々は長く続く。 申命記 30:19,20

人の目にはまっすぐに見えるが、
その終りが死となる道がある。 箴言 14:12

私たちは〔あなたがたを〕支配する〈あなたがたの信仰を思いのままにする〉者ではなく、〈かえって〉あなたがたの喜び〔を増し加えるために〕同労者として〈あなたがたと共に働いているのです〉。なぜなら、あなたがたは、〔あなたがたの〕信仰〔すなわち、イエスがメシアであり、この〔かた〕を通して私たちは神の国において永遠の救いを得るということ〕についての、強い、しかし喜んで持っている確信〈信念〉に堅く立っているからです。Ⅱコリント 1:24(詳訳)

パウロは、イエス様によって罪赦されて、救われた喜びと召命によって、伝道、教会設立、牧会にあたってきました。同胞と異邦人に仕え、自分が代わりに呪われてでも、皆に救われてほしいと命がけで働きました。
私たちにとって大切な喜び・信仰・働きとはどのようなものでしょうか。

1.増し加えるべき喜び
①イエス様によって救われた喜び

あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、今見てはいないけれども信じており、ことばに尽くせない、栄えに満ちた喜びに踊っています。あなたがたが、信仰の結果であるたましいの救いを得ているからです。 Ⅰペテロ 1: 8,9

②愛するイエス様と現在も将来も共にある喜び
私たちは喜び楽しみ、神をほめたたえよう。子羊の婚礼の時が来て、
花嫁は用意ができたのだから。  黙示録 19: 7

③苦しみの中での喜び
私の兄弟たち。様々な試練にあうときはいつでも、この上もない喜びと思いなさい。   ヤコブ 1: 2

2.確信に堅く立つ者
私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、・・・キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、・・・私にも現れてくださいました。 Ⅰコリント15:3~8

①聖書を大切にする者
②イエス様の十字架と復活を信じる者
③イエス様と個人的な出会いを経験した者

3.共に働くことができる者
目標・信仰・価値観を共有し、苦しい中でもイエス様のために働く者

今、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。私は、キリストのからだ、すなわち教会のために、自分の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。コロサイ 1:24

信仰(確信)に堅く立つ者は、苦しい中でも兄弟姉妹と喜びを共にし、同じ信仰を持ち、共に働き、兄弟姉妹に仕え、イエス様のみこころを行うことを何よりも喜びとする者です。仕えられる者より仕える者が幸いです。私たちがその仕える者になることは主のみこころです。(マタイ20:28)

・・・イエスは彼らの信仰〔すなわち、ご自分を通しての神への信頼〕を見て、その麻痺した男に言われた、「子よ、あなたの罪は赦された〈取りのけられた〔すなわち刑罰が免除され、罪責の意識が除かれ、まっすぐにされて、神のみ前での正しい身分の者とされた〕」。・・・・・・・・  「この人はけがしごとを言っている。神おひとりのほか、だれが罪を赦す〈〔すなわち〕罪責を除き、刑罰を免除し、その代わりに義を与える〉ことができるのか」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  しかし、人の子が地上で罪を赦す権利〈権威、力〉を持っているということを、あなたたちがはっきり〈一点の疑いもなく〉知るために」(彼は麻痺した男に向かって言われた)。「私はあなたに言う、起きて、ふとんをかついで〈運んで〉家に帰りなさい。」・・・マルコ 2:1~12(詳訳)

イエス様がペテロの家にいらっしゃるとのうわさに、大勢の人々が殺到してあふれかえっていました。皆がイエス様のお話に聞き入っていると、なんと、天井がはがされて、病人がベットごと吊り降ろされて来ました。皆が唖然とする中、イエス様は、罪の赦しと病の癒しを宣言されました。

1.イエス様は彼らの信仰を見られた
①4人のともだち
イエス様は、病の友人のことを思って強引な方法でやって来たともだちと中風の人のご自身と神様に対する信仰を見て、彼の罪の赦しを宣言されました。

②頑なな律法学者 
イエス様は、頑なな律法学者たちをも等しく愛しておられます。彼らは、「神様だけが罪を赦すことができる」という正しい知識と信仰を持っていました。しかし、イエス様に対する信仰へは結び付いていませんでした。イエス様は、彼らも本当の信仰を持って救われてほしいと願って証ししました。

2.イエス様は罪を赦す権威を持っておられる  罪の赦しの宣言も、病の癒しも神様でなければ行うことはできません。イエス様は、罪の赦しが現実のものであることを証明するために、証しとして病を癒されました。

3.私たちに委ねられた福音
①ともだちとしての信仰  私たちは先輩の兄弟姉妹の愛によって救われました。私たちにもイエス
様の御前に連れ来たるべき人がたくさんいます。

すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。 Ⅱコリント 5:19

②与えられた権威  私たちが聖霊様によって伝える福音は、信じる人々には罪の赦しと永遠の命を与えます。しかし、信じない人々の罪は残ります。

あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦されます。赦さずに残すなら、そのまま残ります。    ヨハネ 20:23

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れないようにしなさい。
兄弟愛をもって互いに愛し合い、互いに相手をすぐれた者として尊敬し合いなさい。
勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈りなさい。
聖徒たちの必要をともに満たし、努めて人をもてなしなさい。
あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。 ローマ 12:9~14

私たちは神様の恵みによって救い出され、生かされている者として、へりくだって生きることを神様は望んでおられます(ローマ12:3)。へりくだってひたすら祈る人は、苦難の中でも神様の望みに目を留めて喜びながら歩むので、神様・教会・兄弟姉妹につまずくことはありません。祈りは人をへりくだらせます。ひたすらとは「ひとすじに、いちずに」の意味です。

1.愛する兄弟姉妹のために祈る
パウロは兄弟姉妹にいつも祈りの要請をしました。自分の弱さを知り、神様の真実さ、兄弟姉妹の愛、祈りの力を信じていました。

・・・私のために、私とともに力を尽くして、神に祈って下さい。ローマ 15:30
・・・すべての聖徒のために、・・・私のためにも、・・・福音の奥義を大胆に知らせることができるように、祈ってください。エペソ 6:18,19

2.国のリーダーのために祈る
へりくだった人は、国のリーダーのためにとりなしの祈りをします。神様は私たちがすべての人と平和を保つことを願っておられます。

私は何よりもまず勧めます。すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。 Ⅰテモテ 2:1
3.敵のために祈る
主イエス様は自分を殺そうとしている者たちのために祈られました。

イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」  ルカ 23:34

4.家族のために祈る
家族を顧み、最も大切な救いを求めましょう。

もしも親族、特に自分の家族の世話をしない人がいるなら、その人は信仰を否定しているのであって、不信者よりも劣っているのです。  Ⅰテモテ 5:8

5.自分のために祈る
ダビデは、自分の弱さをさらけ出し、主の助けを確信して祈りました。

私は苦しむ者 貧しい者です。
神よ 私のところに急いでください。
あなたは私の助け 私を救い出す方。
主よ 遅れないでください。   詩篇 70:5

ペテロは、一度は保身のためにイエス様を三回も強く否定しました(マタイ26:69~75)。そんなペテロは初代教会のリーダーとして歩み続け、今、激しい迫害が迫る中、殉教を目の前にしてイエス様と信仰のすばらしさ、私たちの歩むべき道を示しています。

イエス・キリストの召使いであり、宣教者であるシモン・ペテロから、同じ信仰の持ち主である皆さんへ。ここで言う信仰とは、神であり救い主であるイエス・キリストから与えられたものです。それは、なんと尊いものでしょう。また、その信仰を与えてくださるキリスト様は、なんと正しく、なんと恵み深いお方でしょう。 Ⅱペテロ 1:1(LB訳)

1.イエス様の義による信仰

ペテロは自分のことを「イエス様のしもべ、召使い」と紹介しています。これは口先のことではなく、自分の醜さとイエス様のすばらしさを良く知っているゆえに出た言葉です。この計り知れない祝福を秘めた信仰は、自分の力ではなくイエス様の義によって与えられたものです。(ローマ5:1)

2.神様の平安をもっとほしい時

あなたがたも、神様のいつくしみと平安とを、もっとたくさんいただきたいと願うでしょう。それなら、もっと深くイエス・キリストについて学びなさい。キリスト様を知れば知るほど、その偉大な力を通して、神様に従う正しい生活を送るために必要な全てのものが、いただけるのです。 Ⅱペテロ 1:2,3(LB訳)

イエス様のことを学んで知ることによって、神様の恵みと平安、正しく生きるための力、栄光と品性が与えられ、この世の腐敗から守られます。

信仰は聞くことから始まります。聞くこととは、キリストについてのことばを通して実現するのです。ローマ10:17

3.さらに神様の贈り物をいただくためには

だからこそ、熱意を傾けて、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。Ⅱペテロ 1:5~7

①一生懸命に励む、②神様を理解する、③主の御心を知る、④欲を捨てる、⑤忍耐と敬虔を身に付ける、⑥全てを委ねる。そうすると、人に好意を示し、気持ちよく交際し、深い愛で結ばれるようになる。(LB訳)

4.求める人求めない人
みことばの勧めに従って、これらのことを追い求める人は、霊的な面でますます強められ、有益な者となります。
しかし、これらのことを信じることなく、信仰の深みを追い求めない人は、せっかく与えられた罪の赦しも忘れてしまい、この世のことや目先のことにしか関心がなくなり、ちょっとしたことでつまずいてしまいます。
へりくだって素直に神様に従う人だけが成長し、つまずかず、神様の計り知れない祝福をいただくことができます。(Ⅱペテロ3:17,18)

旧約聖書は、今を生きる私たちのために書かれています。
出エジプトを果たし、約束の地カナンを目指すイスラエルの民は、エリコの対岸、モアブの野に宿営しました。モアブの王バラクは、彼らの数と今までの快進撃のうわさを聞いて恐れ、はるばる500km先のペトルから占い師バラムを招き、呪いによってイスラエルに勝利しようとしました。

神はバラムに言われた。「あなたは彼らと一緒に行ってはならない。また、その民をのろってもいけない。その民は祝福されているのだから。」   民数記 22:12
1.主はロバにものを言わせるお方
占い師バラムは、バラク王から依頼を受けますが、「行ってはならない」とはっきり主の命令を受けていました。それでも彼は、報酬に目がくらみ、何度も主のみこころを求めます。主はとてもユニークな方法で彼の行動にブレーキを掛けました。

主がろばの口を開かれたので、ろばはバラムに言った。「私があなたに何をしたというのですか。私を三度も打つとは。」       民数記 22:28

彼らは正しい道を捨てて、・・・バラムの道に従ったのです。バラムは不義の報酬を愛しましたが、・・・ろばが人間の声で話して、この預言者の正気を失ったふるまいをやめさせたのです。     Ⅱペテロ 2:15,16

2.バラムの罪
バラムはバラク王の呪いの依頼に対して、イスラエルを祝福しましたが、最終的には大きな罪を犯してしまい、殺されました。(民数記31:8,16)

バラムはバラクに教えて、偶像に献げたいけにえをイスラエルの子らが食べ、淫らなことを行うように、彼らの前につまずきを置かせた。黙 2:14

3.現代のバラムの罪
①自分の都合を最優先するゴリ押しの祈り
主のみこころがはっきりとみことばによって示されているにも関わらず、自分の要求を呑ませようとする祈り。主がそのように導いたかのように自分で納得し、あたかも信仰的であるかのように周りにも言いふらす。
②主の恵みからの逸脱
私たちは、主の選びと恵みと信仰によって救われました。主の愛の中に生かされ、聖霊様が内住される神様の宮となりました。自分の行いや働きによって認めてもらおうとする努力は不要です。
③霊的体験の偏重
霊的体験の有無と信仰深さとは無縁です。パッとしない信仰生活を一瞬にして変える方法はありません。(コロサイ2:16~19)

ことさらに罪を求め続けると、主はその罪の中に私たちを任されます。私たちは、自分の思いを押し通す祈りや行動を捨て、主とみことばと兄弟姉妹に仕える心を持ち、落ち着いた信仰生活を送りましょう。

彼らは荒野で激しい欲望にかられ、荒れ地で神を試みた。そこで、主は彼らにその欲するものを与え、彼らのいのちを衰えさせた。     詩篇 106:14,15

《苫小牧めぐみキリスト教会 高石富生 講壇交換 室蘭聖書教会にて》

あなたがたは、終りの時に〔あなたがたに〕啓示されようとしている〔あの終局の〕救いを〔完全に受け継ぐまで、あなたがたの〕信仰を通し、神の力によって、守られ〈守護され〉ているのです。Ⅰペテロ1:5 (詳訳)

私たちは神様に愛され、御子イエス様の十字架と復活によって、尊い救いをいただきました。私たちは神様から、すでにいただいたもの、将来いただくもの、現在備えられているものがあります。

1.私たちが恵みによっていただいたもの
Ⅰペテロ1:3~9によると、私たちは主から、下記に示すようなすばらしいものをいただいています。  
完 了:新生、希望、救い 
現 在:守り、喜び、試練、魂の救い 
未 来:朽ちない資産、終局の救い、賞賛

2.信仰により、神の力によって守られている
私たちは、イエス様の再臨によって完全な救いをいただきますが、それまでは地上にあって様々な試練の中で生かされています。地上で肉体にあって生きている私たちは、イエス様とみことばの約束に対する信頼により、悪しきものから神様の力によって守られる必要があります。私たちは非常に迷いやすく、弱い者だからです。(士師記2:10~15)

あなたがたを、つまずかないように守ることができ、傷のないものとして、大きな喜びとともに栄光の御前に立たせることができる方、 ユダ24

3.信仰がなければ

この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。        エペソ 2:8

私たちは、神様の恵みと信仰によって救われましたが、クリスチャン生活を信仰ではなく自力で送れると勘違いしている場合があります。そういう人は、神様に頼らず、礼拝せず、従わず、教会から離れ、イエス様の化身である兄弟姉妹と交わろうともせずに、自分中心の生き方に流れて行きます。しかし、その生き方に神様の守りはありません。

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には、報いて下さる方であることを、信じなければならないのです。  ヘブル 11:6

健全な良心を捨てて(使徒5:1~11)、教会や兄弟姉妹に対して不忠実な人は、信仰の破船につながり、サタンに引き渡されてしまいます。

ある人たちは、健全な良心を捨てて、信仰の破船にあいました。・・・彼らをサタンに引き渡しました。    Ⅰテモテ1:19,20

主はこの女を見て深く同情され、「泣くのをやめなさい」と言われた。そして近寄って、ひつぎにみ手をかけられたので、かついでいる者たちが立ち止まった。そこでイエスは言われた、「若者よ、私はあなたに言う、〔死から〕起き上がりなさい」。ルカ7:13,14 (詳訳)

イエス様は、ナインの町の門にさしかかった時、ある葬儀に遭遇されました。情け深くあわれみ深いイエス様は、ひとり息子を亡くした母親に対して深い同情を示され、息子を生き返らせなさいました。

1.死んだ息子とやもめ
彼女は、夫と死別してやもめになり、必死にひとり息子を育ててきました。しかし、その唯一の頼りだった息子に先立たれてしまいました。家族・親族・友人、多くの人たちがなぐさめのことばをかけましたが、彼女の悲しみは癒えることはありません。
イエス様は深い同情を示されて、喜びの奇跡を行われ、ご自身がいのちと死の支配者であることを示されました。私たちも罪によって永遠に滅んでしまっていた哀れな者でした。

2.情け深い主
イエス様は、私たちの思いをはるかに越えて、情け深くあわれみ深いお方です。このご性質は、とこしえからとこしえまで変わりません。

主は あわれみ深く 情け深い。怒るのに遅く 恵み豊かである。
主は いつまでも争ってはおられない。とこしえに 怒ってはおられない。私たちの罪にしたがって 私たちを扱うことをせず 私たちの咎にしたがって 私たちに報いをされることもない。天が地上はるかに高いように 御恵みは 主を恐れる者の上に大きい。    詩篇 103: 8~11

3.あわれみの心
私たちは神様の子供にしていただきました。私たちの主イエス様があわれみ深いように、私たちも隣人にあわれみを示しましょう。特に、兄弟姉妹に対して示すべきです。

あなたがたは、いと高き方の子どもになります。いと高き方は、恩知らずな者にも悪人にもあわれみ深いからです。あなたがたの父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くなりなさい。  ルカ 6:35,36

キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛がわかったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。この世の財を持ちながら、自分の兄弟が困っているのを見ても、その人に対してあわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょうか。子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行ないと真実をもって愛しましょう。Ⅰヨハネ 3:16~18(Ⅰペテロ3:8)

私たちの周りの多くの人々がイエス様の救いを知らずに、罪によって死んでいる状態です。私たちがイエス様からいただいた愛とあわれみと救いを伝えて行きましょう。