「死と復活の予告」(聖日礼拝メッセージ 2023/10/08)

 今日は新約聖書の出来事9「死と復活の予告」です。イエス様は弟子たちに、ご自身が祭司長たちに捕らえられ、捨てられ、殺され、三日目によみがえることを告げられました。弟子たちはこの世的な反応しかできませんでしたが、イエス様は彼らに愛を示し、大切なことを教えられました。

1.弟子たちの反応
 すると、ペテロはイエスをわきにお連れして、いさめ始めた。「主よ。とんでもないことです。そんなことがあなたに起こるはずがありません。」しかし、イエスは振り向いてペテロに言われた。「下がれ、サタン。あなたは、わたしをつまずかせるものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」 マタイ 16:22,23

 そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、息子たちと一緒にイエスのところに来てひれ伏し、何かを願おうとした。・・・「私のこの二人の息子があなたの御国で、一人はあなたの右に、一人は左に座れるように、おことばを下さい。」マタイ 20:20,21

 イエス様はご自身が捕らえられて処刑され三日目によみがえることを重大なこととして予告されましたが、弟子たちはこの世のこと、自分のことしか関心が無く、イエス様の心を汲む者はいませんでした。

2.イエス様のご配慮
 さて、過越の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された。ヨハネ 13:1

 イエス様は、ご自身の受難(十字架刑)と復活が近づいて来た頃、これらについて5回予告されました①ペテロの告白の後(マタイ16:21、ルカ 9:22)②変貌の後(マタイ 17:9,12)③てんかんの癒しの後(ルカ 9:44)④ガリラヤ通過時(マタイ 17:22,23)⑤エルサレム付近で(マタイ 20:17~19)。イエス様は時を見計らい、師の死に直面する弟子たちに配慮して数回に分けて話され、ご自身の復活と昇天、聖霊付与後の福音宣教の困難と迫害に遭遇することを思い、極みまで愛を示してくださいました。

3.「わたしイエスを恥じるな」
 ・・・「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。・・・だれでも、わたしとわたしのことばを恥じるなら、人の子もまた、自分と父と聖なる御使いの栄光を帯びてやって来る時、その人を恥じます。ルカ 9:23~26

 あなたはイエス様について行きたいと思っていますか?ついて行きたいと思う人は「自分を捨て、日々自分の十字架を負ってイエス様に従いましょう。」自分の十字架を負うとは、過去の失敗や運命を背負うことではありません。神様から与えられた賜物を管理して使命を全うするです。イエス様は共おられます。イエス様に従い聖霊様に導かれて歩みましょう。イエス様を愛し聖霊様に導かれるとは、みことばに従うことです。

 見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」マタイ 28:20

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