今日は棕櫚の主日、今週は受難週です。今日のメッセージテーマは「受難」です。イエス様は創造主でありながら天の栄光をかなぐり捨てて、私たちを罪と咎から救うために、私たちのところに来てくださいました。この地では神様の国、救いを宣べ伝え、多くの人々を助けられました。しかし、最後は皆から見捨てられ、十字架の苦しみを受けられました。
1.栄光を捨てられた
キリストは、神の御姿であられるのに、神としてのあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました。ピリピ 2:6,7
御子は、見えない神のかたちであり、すべての造られたものより先に生まれた方です。コロサイ 1:15
イエス様は天地万物を創造され、すべてのご栄光を持っておられ、罪や汚れとは無縁で、光と聖さの中におられ、すべてのものを統べ治め、すべてのものをご覧になっておられました。しかし、それらすべての天の栄光を捨てて、私たちの間、この地に来られたことが受難の始まりでした。
2.群集心理
イエスは、人々がやって来て、自分を王にするために連れて行こうとしているのを知り、再びただ一人で山に退かれた。ヨハネ 6:15
・・・祭りに来ていた大勢の群衆は、・・・なつめ椰子の枝をもって迎えに出て行き、こう叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」ヨハネ 12:12,13
すると、彼らは再び大声をあげて、「その人ではなく、バラバを」と言った。バラバは強盗であった。ヨハネ 18:40
人々はイエス様のいやしや奇跡に驚嘆し、その権威ある教えに引き込まれ、やさしさと愛の深さに心をいやされ、不正や偽善に対する毅然とした振る舞いに心を奪われて、何百何千という人たちがイエス様に付き従っていました。しかし、ひとたびイエス様が捕らえられると、側近の弟子たちをはじめ人々はイエス様を見捨ててしまいました。最後は、愛しいイエス様よりも凶悪犯のバラバを選びました。群集心理、同調圧力は人の心を変えてしまいます。
3.受難による栄光
父よ。御名の栄光を現わしてください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしはすでに栄光を現わした。わたしは再び栄光を現わそう。」ヨハネ 12:28(ヨハネ 17:1)
一般に「栄光」とは、人々の称賛を集める煌びやかで輝かしいものを思い浮かべますが、イエス様の栄光は、十字架の辱めであり、死でした。ご自身を犠牲にしてまで私たちを愛し、私たちの罪と咎を聖めることがイエス様の栄光でした。私たちはイエス様の御名を恥ずかしいと考えてはいけません。同調圧力によって未信者の考えに合わせるのではなく、イエス様を告白しましょう。
だれでも人々の前でわたしを認めるなら、わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。マタイ 10:32
