今日のメッセージテーマは旧約聖書(信仰)25「ささげ物」です。神様は会見の天幕からモーセにささげ物をする時の詳細な規定を告げられました。ささげ物は、神様への礼拝、罪の贖い、神様に対する献身の表明などを目的とし、各自が自発的にささげるものです。しかし、これらはあくまでもイエス様の贖いを示すもので不完全なものでした。
1.ささげ物
その人は自分が主の前に受け入れられるように、それを会見の天幕の入り口に連れて行き、その全焼のささげ物の頭に手を置く。それがその人のための宥めとなり、彼は受け入れられる。レビ記 1:3,4
ささげ物は目的別に5つのささげ物があり、ささげる物や方法が異なっていました。
①全焼のささげ物:レビ記1章 雄牛、雄羊、鳩 礼拝、贖い、献身
②穀物のささげ物:レビ記2章 穀物、小麦粉 ささげ物に添えられた
③交わりのいけにえ:レビ記3章 動物、パン 礼拝、感謝、交わり
④罪のきよめのささげ物:レビ記4章 雄牛、雄ヤギ、雄羊 贖い、きよめ
⑤代償のささげ物:レビ記5章 雄羊、子羊 賠償のための贖い、きよめ
2.神様が求められるもの
そのささげ物が牛の全焼のささげ物である場合には、傷のない雄を献げなければならない。その人は自分が主の前に受け入れられるように、それを会見の天幕の入り口に連れて行き、その全焼のささげ物の頭に手を置く。それがその人のための宥めとなり、彼は受け入れられる。レビ記 1:3,4
人は神様へのささげ物とその方法を自分の側で勝手に決めることはできません。神様の怒りを宥め、神様が満足される方法でなければなりません。神様は傷のある価値のないいい加減なものを拒まれますし、その人がいけにえに手を置いて自分の身代わりであることを信仰によって示す必要がありました。イスラエルでは神様を侮り、いい加減なささげ物をしていた時代がありました(マラキ 1:7~14)。
3.キリストの血
ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。Ⅰペテロ 1:18,19(へブル 9:12)
幕屋もささげ物もすべてイエス・キリストとその贖いを示す「型」です。人々はいけにえを献げることによって、罪の贖いには「血」が流される必要があることと救いの実体であるメシヤである救い主イエス様が来られることを待ち望む信仰を抱き続けました。イエス様の罪のない血だけが私たちの罪を完全に消し去りきよめてくださいます。
律法には来たるべき良きものの影はあっても、その実物はありません。・・・むしろ、これらのいけにえによって罪が年ごとに思い出されるのです。雄牛と雄やぎの血は罪を除くことができないからです。・・・キリストは、罪のために一つのいけにえを献げた後、永遠に神の右の座に着き、・・・一つのささげ物によって永遠に完成されたからです。へブル 10:1~14
