今日のメッセージテーマは創世記(信仰)1「皮の衣(アダムとエバ)」です。人類の罪の初めであるアダムとエバの罪と神様のあわれみと救いについて見て行きましょう。
1.唆し(そそのかし)
すると、蛇は女に言った。「あなたは決して死にません。それを食べるとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。」創世記 3:4,5
「教唆」とは、犯罪を犯す意思のない人に犯罪を決意させる行為です。エバもアダムも神様を裏切って逆らってやろうとは思ってもいなかったでしょう。しかし、蛇(サタン:黙示録 12:9)は、エバを惑わして神様に対する疑いの心を呼び覚まし、神様に逆らう行為へと突き進ませました。神様への唄繰りと悪意が罪となりました(申命記 13章)。
2.恐れ
神である主は、人に呼びかけ、彼に言われた。「あなたはどこにいるのか。」彼は言った。「私は、あなたの足音を園の中で聞いたので、自分が裸であるのを恐れて、身を隠しました。」創世記 3:9,10
全知全能の神様はすべてのことをご存じですから、アダムとエバがどこにいるのか、どのような状況なのかは知っておられたはずです。しかし、あえて「あなたはどこにいるのか。」と呼びかけられました。それは「あなたは今どういう状況なのか、しっかり把握してどうしたら良いか考えなさい。わたしに助けと救いを求めなさい。」と言っておられます。神様に対して敵対する恐れの関係ではなく、以前のような親しい関係に戻るように勧めておられます。
3.覆われた恥
こうして、ふたりの目は開かれ、自分たちが裸であることを知った。そこで彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちのために腰の覆いを作った。創世記 3:7
神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作って彼らに着せられた。創世記 3:21
アダムとエバは、神様のおっしゃられたことに逆らって罪を犯し、神様の信頼を裏切ってしまったことを後悔しました。しかし、言い訳と責任転嫁に終始し、神様にお詫びして、赦しを求めることをしませんでした。何とかその辺にあるいちじくの葉で自分たちの裸を覆い隠しました。神様は動物を犠牲にしてその皮で衣を作って着せてくださいました。
人が何とか繕って罪を覆い隠そうとしても、いちじくの葉のように脆く崩れ去ってしまいます。神様は救い主イエス様を犠牲にして完全なる救いを与えてくださいました。
祭壇の上であなたがたのたましいのために宥めを行うよう、これをあなたがたに与えた。いのちとして宥めを行うのは血である。レビ17:11
ご存じのように、あなたがたが先祖伝来のむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、傷もなく汚れもない子羊のようなキリストの、尊い血によったのです。Ⅰペテロ 1:18,19
