きよい人々には、すべてのものがきよいのです。しかし、汚れた、不信仰な人々には、何一つきよいものはありません。それどころか、その知性と良心までも汚れています。 彼らは、神を知っていると口では言いますが、行ないでは否定しています。実に忌まわしく、不従順で、どんな良いわざにも不適格です。 しかし、あなたは健全な教えにふさわしいことを話しなさい。
老人たちには、自制し、謹厳で、慎み深くし、信仰と愛と忍耐とにおいて健全であるように。 テトス1:15~2:2
パウロはテトスを信頼し、クレテでの問題解決のために遣わしました。テトスにはコリントで問題を解決した実績がありました。クレテには、エペソと同様にユダヤ主義や空想話と系図の奇妙な教えという問題に加えて、うそつきと不誠実なクレテ人特有の気質の問題がありました(テトス1:10~14)。〔「クレタイズ」=うそつきである〕
健全な教えは、クリスチャンを本当の意味で励まし、反対者を正しい道に導くことができます。
健全な教えとは、
①私たちはかつて罪人であった。 3:3
②神様のあわれみによる救い。 3:4~6
③イエス様の恵みによる永遠の命 3:7
不健全な教え
①系図、律法についての論争 3:9
②分派、堕落 3:10,11
③有言不実行 1:15,16
健全なことばと教えは、クリスチャンを良いわざに励むことを心がけるように仕向けます。それは、本人にとっても周囲の人々にとっても有益なことです。逆に、クリスチャンが良いわざに励まなくなるように仕向けることばや教えは、不健全な教えです。
私たちは、健全な教えをいただいて救われ、健全な教えの中を歩ませていただいています。
私たちは、健全な教えにふさわしい慎み深く敬虔な歩みによって、生活や人生にイエス様の栄光が現われるように、再臨のイエス様を待ち望む喜びの信仰生活を送れるように求めましょう。 テトス2:2~10