「黙示録 結語」(2026/03/22)

 今日のテーマは黙示録43「黙示録 結語」です。最後に終末にあたって私たちが心に留めるべきこと、なすべきこと、どのような信仰を持って過ごすべきか、大切なことばで締めくくられています。いつもイエス様の再臨を心から待ち望む信仰を持って歩みましょう。

1.衣を洗う者の幸い
 自分の衣を洗う者たちは幸いである。彼らはいのちの木の実を食べる特権が与えられ、門を通って都に入れるようになる。黙示録 22:14

 「この人たちは大きな患難を経てきた者たちで、その衣を洗い、子羊の血で白くしたのです。」黙示録 7:14

 イエス様の血潮によって自分の罪と咎を洗い清めていただいた者は、永遠のいのちをいただき、永遠の都に入ることができます。神様、真理、正義、救い、赦しに対して飢え渇いていた者は、神様からただで受け取ることができました。正しい者、聖い者はますます聖い者となります。この預言の書(聖書)を信じ守る者は幸いです。

2.聖書加除ののろい
 私は、この書の預言のことばを聞くすべての者に証しする。もし、だれかがこれにつけ加えるなら、神がその者に、この書に書かれている災害を加えられる。また、もし、だれかがこの預言の書のことばから何かを取り除くなら、神は、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、その者の受ける分を取り除かれる。 黙示録 22:18,19(申命記 4:2)

 聖書は最後にのろいを受ける行為について注意を与えています。天使礼拝(コロサイ 2:18,19)、不正、汚れ、犬(偽預言、偽教師)、魔術、淫行、殺人、偶像礼拝、詐欺を行う者たち、そして、神様のおことばである聖書からある部分を差し引く者、つけ加える者たちです。不正を行い、汚れを行う者はさらに加速していきます。

3.イエス様はすぐに来られる
 「見よ、わたしはすぐに来る。それぞれの行いに応じて報いるために、わたしは報いを携えて来る。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終りである。」黙示録 22:12

 これらのことを証しする方が言われる。「しかり、わたしはすぐに来る。」アーメン。主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、すべての者とともにありますように。黙示録 22:20,21

 イエス様はすべてのものの創造者であられ、初めであり、終りです。すべてを生み出され、すべてをさばき、報いをお与えになります。イエス様がすぐに来られると言われてから二千年が経過しました。これは主のあわれみです。「主イエスよ、来てください。」と祈る者となりましょう。

 あなたがたはこの一つのことを見落としてはいけません。主のみ前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。主は、ある人たちが遅れていると思っているように、約束したことを送らせているのではなく、あなたがたに対して忍耐しておられるのです。だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。Ⅱペテロ3:8,9

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