それゆえ、その民は、ここに帰り、豊かな水は、彼らによって飲み干された。こうして彼らは言う。「どうして神が知ろうか。いと高き方に知識があろうか。」見よ。悪者とは、このようなものだ。彼らはいつまでも安らかで、富を増している。
確かに私は、むなしく心をきよめ、手を洗って、きよくしたのだ。私は一日中打たれどおしで、朝ごとに責められた。
もしも私が、「このままを述べよう。」と言ったなら、確かに私は、あなたの子らの世代の者を裏切ったことだろう。
私は、これを知ろうと思い巡らしたが、それは、私の目には、苦役であった。 詩篇 73:10~16
詩篇73篇はダビデの聖歌隊の指揮者であるアサフの賛歌です。
彼は、人々が疑問に思い、苦しんでいる永遠のテーマ「悪人の繁栄と信仰者の苦難」を詩としました。
悪人は、
・人に対しても神様に対しても傲慢な態度。
・高慢と暴虐と悪意に満ちている。
・繁栄し、災いがなく、平安に過ごし、安らかな死を迎える。
信仰者は、
・罪を犯さぬよう清い生き方を求めた。
・苦難と試練と懲らしめの日々の連続であった。
この受け入れ難い現実を目の当りにした信仰者は、悪人の繁栄をねたんでしまい、不信仰に陥ってしまった(3節)。神様のあわれみによって救われたことや、今までいただいた数々の恵みさえも忘れてしまって、主とともに歩んだ聖化の生活さえ無駄だったと考えてしまった(13、14節)。そして、信仰の友、兄弟姉妹を裏切るような発言まで出そうになった(15節)。
しかし、彼が主の前に出て静まった時に、主は悟りを与えて下さった。「悪人は必ず滅ぼされる」、神様が最終的にすべてを公正に裁かれることを知りました(16~20節)。
このように、心が乱れ、信仰が揺り動かされても、主は信仰者の手をしっかりと握って、信仰の道、栄光へと導いてくださいます(21~24節)。次のみことばを告白しましょう。
天では、あなたのほかに、だれを持つことができましょう。地上では、あなたのほかに私はだれをも望みません。詩篇 73:25