「ペンテコステの日」(礼拝メッセージ2020/05/31)

ペンテコステ(聖霊降臨日)は五旬祭と言い、キリストが復活された日から50日目に聖霊が降った日として記念するようになりました。またその日は教会が誕生した日として記念されています。
クリスマスはイエス・キリストの誕生が記念され、イースターはキリストの十字架の死からの復活が記念され、ペンテコステは主イエスが約束された、もう一人の助け主である聖霊が私たちに注がれたことを記念しお祝いされています。

1.教会の始まり

教会のことをギリシャ語で「エクレーシヤ」と言います。それは「呼び集められた者たち、集まるように召し出された者たち」を意味します。「集まる」ということの中に深い意味が込められています。(今は新型コロナウイルスにより3密は難しいのですが・・・)

二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。  マタイ18:20

ある人たちの習慣に倣って自分たちの集まりをやめたりせず、むしろ励まし合いましょう。その日が近づいていることが分かっているのですから、ますます励もうではありませんか。 へブル10:25

私たちは、一人ひとりが大胆に神様に近づくことができるという恵みを知ると同時に、主の御名によって集まることの重要性を知らなければなりません。召し出された者たちが、もし共に集まることをせずに、それぞれ勝手に過ごすならば、教会は「地の塩・世の光」としての役割を果たすことができなくなります。
主の教会はからだにたとえられています。からだのそれぞれの部分がうまくかみ合うことで、はじめてからだとして機能する仕組みになっています。「自分一人くらい抜けたって大丈夫」と考えると、からだのひとつの部分の欠けによってからだ全体が十分に機能しなくなります。一人ひとりはとても大切です。

2.教会はクリスチャンに与えられた聖霊によって力強く働く

聖霊は三位一体の第三位格の神様であり、いろいろな働きがあります。 使徒5:3,4の場面でペテロは、アナニアの行動は人ではなく神に対する偽り行為であり、聖霊を欺くことだと指摘しました。ここで明らかにされているのは、聖霊を欺くことは、神を欺くことであるということです。
さらに聖霊は知性と感情と意志を持つ人格のあるお方です。聖霊は考え知り(Iコリ2:10)、悲嘆し(エペソ4:30)、私たちのためにとりなし(ローマ8:26,27)、神の御心に従って意思決定されます(Iコリ12:7~11)。イエス様が約束されたとおり、私たちの助け主として働かれます(ヨハネ14:16,15:26)。
主イエス・キリストの誕生と十字架と復活は私たちの救いのための神のみわざですが、ペンテコステは私たちの内に働かれる神のみわざです。
聖霊が降臨される前、イエス・キリストは私たちの「ため」の救い主でしたが、ペンテコステ以来、神は私たちの「中で共に」働かれるようになられました。教会の始まりと同時に聖霊の力はキリスト者を変え、福音と聖霊の力がエルサレムから世界中に広がり、極東の日本に届けられました。(藤島 昇)