ルカは、ザアカイの回心を信仰と選びの面からわかりやすく教え、イエス様がすべての人の救い主であると記しています。
1.ザアカイの信仰と救い、神様の選び
イエスはその場所に来ると上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。」 ルカ19:5
ザアカイはエリコの町の税務署長の職にありました。エリコはヨルダンとエルサレムを結ぶ交通の要衝のため、多くの人々や物品(ナツメヤシ、バルサム)が行き来していたのでザアカイは莫大な財産を得ていました。 しかし、当時取税人は支配国ローマの手先として疎まれ、遊女と同様罪人と呼ばれていました。背が低かったザアカイはイエス様に会いたい一心でいちじく桑の木によじ登り、イエス様を見ていました。もしかしたら同業者でイエス様の弟子になったマタイの影響があったかもしれません。
イエス様は、あらかじめザアカイあなたに決めていたと言われました。
イエスは彼に言われた。「今日、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」 ルカ 19:9
エリコは祭司の町ですが、イエス様は宗教家である祭司の家ではなく、アブラハムと同様の「信仰を持った子」である取税人・罪人ザアカイを選ばれ、彼の家へ行かれました。
マタイの時と同様に、周囲の人々は罪人と仲良くするイエス様に文句を言いましたが、ザアカイは喜んでイエス様を迎え入れて悔い改めの実を結びました。イエス様が「今日、救いがこの家に来ました。」と言われた時に、失われていた者が捜し出されて救われたことをどれだけ喜ばれたことでしょうか。
2.私たちの救いと今日という日
私たちもザアカイと同様に、神様から選ばれ、イエス様によって捜し出されて、それぞれ回心した日に救われました。しかし、様々な困難(新型コロナなど)や不信仰によって信仰が弱ってしまうことがあります。イエス様が宣言された「今日」という日は、現在も継続しています。「今日は恵みの日、救いの日です」。過去を良しとし現在を悪く言って嘆くことは知恵・信仰からは出ていません。突然、苦難が襲って来ても、イエス様の勝利と恵みは日々私たちの内に満ち溢れています。
「どうして、昔のほうが今より良かったのか」と言ってはならない。このような問いは、知恵によるのではない。伝道者の書7:10
神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日にあなたを助ける。」見よ。今は恵みの時、今は救いの日です。Ⅱコリント6:2
・・・あなたがたがわたしにあって平安を得るためです。世にあっては苦難があります。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝ちました。 ヨハネ16:33