今日は新約聖書の出来事13「幼子の祝福」です。イエス様に祝福してもらおうと子どもたちが連れて来られましたが、弟子たちは叱って追い返そうとしました。それを見てイエス様は憤って邪魔をしてはいけないと言われました。イエス様に近づく者を妨げることは大きな罪です。私たちも神様の前に価値なき者でしたが、イエス様は受け入れてくださいました。
1.弟子たちの価値観
さて、イエスに触れていただこうと、人々は幼子たちまで連れて来た。ところが、弟子たちはそれを見て叱った。ルカ 18:15
わざわいだ、偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは人々の前で天の御国を閉ざしている。おまえたち自身も入らず、入ろうとしている人々も入らせない。マタイ 23:13
弟子たちはイエス様と一緒に生活していましたが、イエス様の気持ちが分からず、自分たちの価値観で行動していました。幼い子どもたちはイエス様に近づいたり、祝福を受けたりする価値もない者たちだと考えていました。律法学者たちも同様で、神様に近づこうとする者を妨げていました。
2.イエス様の価値観
イエスは一人の子どもの手を取って、彼らの真ん中に立たせ、腕に抱いて彼らに言われた。「だれでも、このような子どもたちの一人を、わたしの名のゆえに受け入れる人は、わたしを受け入れるのです。マルコ 9:36.37
あなたがたの神、主は神の神、主の主、偉大で力があり、恐ろしい神。・・・みなしごや、やもめのためにさばきを行い、寄留者を愛して、これに食物と衣服を与えられる。申命記 10:17,18
イエス様は幼子や子どもたちこそ天の御国に入るべきすばらしい存在だと考えておられました。大人のように知恵や能力や力がなく弱くても、素直で純真で心からイエス様を慕う者こそ尊い存在だと言われます。
3.わたしのところに来させなさい。
「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。邪魔してはいけません。神の国はこのような者たちのものなのです。マルコ 10:14
彼は意地悪なことばで私たちをののしっています。それでも満足せず、兄弟たちを受け入れないばかりか、受け入れたいと思う人たちの邪魔をし、教会から追い出しています。Ⅲヨハネ 10
イエス様は、ご自身のもとに来ようとしている人を妨げる者に対して厳しく対応されます。そのような働きは、イエス様が命がけで与えようとしている救いから人々を遠ざけることであり、サタンの働きです。
私たちが、人を外見で判断してその人には価値がないと判断したり、イエス様のもとに来ようとしている人の妨げとなってはいけません。
・・・また、みすぼらしい身なりの貧しい人も入って来たとします。・・・貧しい人には、「あなたは立っていなさい。でなければ、そこに、私の足もとに座りなさい」と言うなら、自分たちの間で差別をし、悪い考えでさばく者となったのではありませんか。ヤコブ 2:2~4