イエス様の降誕記事はマタイとルカにあります。マタイは、東方の博士たち、ルカは羊飼いに焦点を合わせています。
1.当時の羊飼いたち
当時の羊飼いは、社会において差別され、うとまれていた人々であったと言われています。少なくとも政治的、経済的に豊かな高官や指導者たちとは違い、「野宿しながら、羊の群れの番」をしていたので、人々が寝静まった夜中に一生懸命働かなければなりませんでした。
2.羊飼いたちへの知らせ
羊飼いたちは日々忙しく羊の群れの世話をしていたので、神様のことを深く考えることもなかったでしょう。しかし、彼らは神様に選ばれて、御使いから御子の誕生を知らされました。私たちも神様から語りかけられたら「恐れ」を覚えるでしょう。彼らの恐れの心に大きな変化が生じました。
・驚き、戸惑い、迷惑 ⇒ 大きな喜び
・見届けて来よう ⇒ 神をあがめ、賛美しながら帰って行った。
・あなたがたのために ⇒ この民全体のため
ただ、羊飼いたちは、東方の博士たちが高価な贈り物を持参したようには、持っていけるものが何もありませんでした。しかし神様は、そんな貧しい人たちにイエス様に会える特権を与えて下さいました。彼らは御使いに告げられたことが本当かどうかを確認したかったのです。そして、全部御使いの話した通りだったので、彼らは大変驚き、神様をあがめ、賛美しながら帰って行きました。これが礼拝です。
神様は、羊飼いたちを指して「あなたがたのために」と言われ、彼らのように社会的に疎外されていた貧しい人たちのために、救い主がお生まれになりました。その証拠として「あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます」と言われました。
まず、御使いが羊飼いたちのところに現れて御子の誕生の様子を知らせ、彼らは見聞きしたことが本当だと体験し、素晴らしいニュースを受け取り、それが全世界への祝福となりました。
神様があなたの人生に介入される時、羊飼いたちの経験が私たちにも起こります。
3.私たちの礼拝
ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。ローマ12:1
「霊的な礼拝」の「霊的」とは、「理に適った」という意味があります。そして、「礼拝」という言葉は、原語のギリシャ語では「ラトリューオ」という言葉の名詞形です。「ラトリューオ」とは、「誉れを与える」とか「敬意を表す」「奉仕する」という意味の言葉です。
私たちは、大きな恵みを与えて下さった神様の栄光をほめたたえ、神様を敬い、賛美と感謝を献げていきましょう。そして、ご自身の御子を与えるほどに私たちを愛して下さった神様を信頼し、人生をゆだねて歩んでいきましょう。それこそ私たちにとって、理に適った礼拝の姿です。(藤島昇兄)