礼拝メッセージ 「だれをもさばいてはいけない」(礼拝メッセージ2013/04/07)
こういうわけで、私たちを、キリストのしもべ、また神の奥義の管理者だと考えなさい。
この場合、管理者には、忠実であることが要求されます。
しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。
私にはやましいことは少しもありませんが、だからといって、それで無罪とされるのではありません。私をさばく方は主です。
ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。Ⅰコリント 4: 1~5
コリント教会の兄弟姉妹は、ねたみ合い、仲間割れし、教会を分裂させ、霊的な父であり、指導者であるパウロを非難して、ま...