「背後に主を見る信仰」(礼拝メッセージ2013/11/24)

 ヤコブは答えた。「いいえ。もしお気に召したら、どうか私の手から私の贈り物を受け取ってください。私はあなたの顔を、神の御顔を見るように見ています。あなたが私を快く受け入れてくださいましたから。
 どうか、私が持って来たこの祝いの品を受け取ってください。神が私を恵んでくださったので、私はたくさん持っていますから。」ヤコブがしきりに勧めたので、エサウは受け取った。   創世記 33:10,11

 ヤコブは、主から徹底的にへりくだることを教えられ、兄エサウと感動的な和解を果たします。憎しみから命を狙っていた相手が全く一変して、涙を流して自分を赦して受け入れてくれたのです。ヤコブの兄エサウに対する感謝は本当に大きなものでした。しかし、ヤコブの目は、兄エサウの背後にある神様に注がれていました。故郷を出た時に現れて与えて下さった約束が、ことごとく成就していることに感動し、心からの感謝の気持ちに溢れていました。(神様の約束―アブラハムへの約束。カナンの地を与える。子孫を増やす。すべての民族があなたの子孫によって祝福される。あなたとともにいる。あなたを守る。この地に連れ戻す。約束を成就する。あなたを捨てない。)
 兄エサウは、ヤコブたちの旅の先導や手伝いを申し出るが、ヤコブはどれも辞退します。これは、ヤコブが人の力に頼るのではなく、神様に全く信頼する生き方を表しています。彼の生活の中心は礼拝でした。

 彼はそこに祭壇を築き、それをエル・エロヘ・イスラエル(イスラエルの神である神)と名づけた。 創世記  33:20

 また、ヤコブは「あなたのところ、セイルへまいります」と言いながら、兄エサウと分かれてから全く違う方向へ進んで行きます。ヤコブが口からでまかせを言ったのではなく、離れて暮らすことが互いの平和のために賢明だと考え、さらに、霊的な生き方と肉的な生き方に相容れない部分があったと考えられます(エサウは、俗悪な者で長子の権利を軽んじ、異教の民から3人の妻を持った。:創世記25:34、ヘブル12:14~17)。
 ヤコブは、神様の約束と命令に従い、神様を第一とする人生を歩みました。

 悪から遠ざかる。             Ⅰペテロ 3:11,12
 みことばに従わない者から離れる。  Ⅱテサロニケ 3: 6

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