「主が求めておられること」元旦礼拝メッセージ(2015/01/01)

主は、エジプトの国でモーセとアロンに仰せられた。「この月をあなたがたの月の始まりとし、これをあなたがたの年の最初の月とせよ。            出エジプト 12: 1,2

この時、主はアビブ(ニサン)の月を一年の初めの月としました。この月には、1日:新月、14日:過越祭(5日間ほふる羊を見守り、14日にほふって血を門柱とかもいに付け、肉を食べる。)、15日:安息日、聖会、16日:種を入れないパンの祭りの週、21日:聖会が行われました。イスラエルの民は、これらの祭り・行事を通して、神様がなしてくださった救いに関する奇跡的な介入を思い起こしました。これが、宗教暦年の始まりとなりました。
日本の初詣客数は、9,939万人(2009年)です。単純計算すると実に国民の76%が初詣に行っていることになります。ほとんどの国民が深夜から努力し、時間とお金を使って自分たちの神々の前にひれ伏して参拝し、お賽銭を献げています。クリスチャンが元旦から彼らを批判しながらテレビを見てゴロゴロしているのであれば大変残念です。クリスチャンこそ真の神、主を第一として共に集まり礼拝するべきでしょう。

私は何をもって主の前に進み行き、いと高き神の前にひれ伏そうか。全焼のいけにえ、一歳の子牛をもって御前に進み行くべきだろうか。主は幾千の雄羊、幾万の油を喜ばれるだろうか。私の犯したそむきの罪のために、私の長子をささげるべきだろうか。私のたましいの罪のために、私に生まれた子をささげるべきだろうか。主はあなたに告げられた。人よ。何が良いことなのか。主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。ミカ書 6: 6~8

この一年、私たちはどのように歩むべきでしょうか。
人間的な考え、判断、価値基準、常識、願望、人の顔色をうかがう生き方でしょうか。それとも、イエス様・聖書の考え方による生き方でしょうか。それは明白なことです。(Ⅰペテロ4:2)
いつも自分の前に、イエス様と聖書を置きましょう。イエス様ならどう考えるだろうか。どう行動するだろうか。イエス様は私に何を求めておられるのだろうか。イエス様の私に対するご計画は何だろうか。聖書の約束は何んだろうか。
霊の目がますます開かれ、イエス様にお会いするために喜んで教会に来ましょう。そうすると、実際にイエス様にお会いすることができます。そこにおられるのは、・・・・・〇〇〇〇です。

(答え:〇〇〇〇に入ることばは「兄弟姉妹」)

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