「主が共におられる」(礼拝メッセージ2016/1/06)

人は神様によって、神様と共にある者として創造されました。それが本来のあるべき姿でしたが、人類に罪が入り込んだことによって、神様から切り離され、孤独で不安定な存在になってしまいました。そんな状況から神様と共に生きる者へと回復して下さったのが主イエス様です。
主イエス様の救いをいただいた私たちですが、様々な試練の中で、主が共におられることを忘れてしまうことがあります。しかし、主イエス様は約束通りいつも共にいて下さいます。

(1)孤独を感じる時

わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。  ヨハネ 14:18

(2)主に従おうとしているのにうまくいかないと思う時

いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。 マタイ 10:16

しもべはその主人にまさるものではない、とわたしがあなたがたに言ったことばを覚えておきなさい。もし人々がわたしを迫害したなら、あなたがたをも迫害します。もし彼らがわたしのことばを守ったなら、あなたがたのことばをも守ります。                                        ヨハネ 15:20

(3)主のみこころを求める時

そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください。神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。  ピリピ 2:12~14

イエス様が共にいて下さるとの約束は、聖霊様の内住によって成就しています。私たちは肉によってではなく、御霊様によって歩みます。御霊様を悲しませても(エペソ4:30)、消してもなりません(Ⅰテサロニケ5:19)。御霊によって歩む、御霊に満たされるとは、「愛をもって兄弟姉妹が互いに仕え合う」ことです(ガラテヤ5:13)。

私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。ガラテヤ 5:16

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