「模範になりなさい」(礼拝メッセージ2017/04/09)

わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。ヨハネ 13:15

「習うより慣れろ」(人に教えてもらうより、実際にその物事をやってみて体で覚えるほうが上達するということ。)という諺があります。人は何事でも、教えられ倣う(習う:同源)ことによって身に付けていきます。
イエス様は、私たちに模範を示され、更に、私たちに人々の模範になるように命じておられます。

1.模範を示されたイエス様

あなたがたが召されたのは、実にそのためです。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました。  Ⅰペテロ 2:21

主イエス様は、神様の前に人として、信仰者として、どのように生きるべきかを身を持って、弟子たちに教えられました。人にとって、主イエス様の生き方こそが、唯一完全な模範です。

2.模範を示された信仰の諸先輩

神のみことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、思い出しなさい。彼らの生活の結末をよく見て、その信仰にならいなさい。ヘブル 13: 7(ヘブル 6:12、11章、Ⅰコリント10:11)

聖書に記されている信仰者や古今東西の信仰者は、私たちに模範を残しました。

3.模範となる信仰の歩み

年が若いからといって、だれにも軽く見られないようにしなさい。かえって、ことばにも、態度にも、愛にも、信仰にも、純潔にも信者の模範になりなさい。 Ⅰテモテ 4:12(Ⅰテサロニケ 1: 7~10、テトス 2: 7,8)

主イエス様は、私たちが兄弟姉妹や未信者(これから信じて加えられる人々)の模範になれることを確信しているので私たちに命じておられます。この命令を心から感謝し、喜んで信じ従うなら、みことばの成就を経験することになります。(Ⅰコリント9:27)
いくら立派な師であるイエス様・教え・模範があっても、「主イエス様に倣いたい。信者の模範となりたい。」という思いがなければ、模範とすることも、模範になることもできません。自分自身のからだを聖い生きた供え物として、主にささげましょう。(ローマ12:1)

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