「神様の前に静まる」(礼拝メッセージ2018/06/10)

神である主の前に静まれ。主の日は近い。  ゼパニヤ書 1:7(2版)
静まって、神様の前に立て。恐ろしい審判の日がくるからだ。(LB訳)

ゼパニヤは南王国ユダ陥落(BC587)の数十年前に活躍し、ヨシヤ王の宗教改革(BC621)に影響を与えたと考えられています。彼の預言は、主を捨て、偶像礼拝に熱心な者、主に従うことをやめた者、主を尋ね求めない者に対するさばきの預言でした(ゼパニヤ1:4~6)。
主はご自身の前に静まって待ち望むように命じられました。

1.静まるとは

1)色々と御託を並べない
傲慢になって自分勝手な言い分をくどくどと言い立てていると、静まることはできません。

2)心を整える
一旦落ち着きひと呼吸置いて、自分は何に心を騒がせ、何を不安に思い、なぜ落ち着かずにいるのか、客観的に見てみましょう。

3)主の存在を認める
しかし主は、その聖なる宮におられる。全地よ、主の御前に静まれ。                        ハバクク 2:20
主は偶像ではありません。主の存在、臨在、内住を認め、今、自分が生きているのではなく、イエス様が生きておられることを認めましょう。 (ガラテヤ2:20)
2.静まると聞こえるもの

1)自然の音
喧騒から離れて静まると、野鳥のさえずり、川のせせらぎ、木々のざわめき、波の音、風の音が聞こえてきます。神様の創造の業、栄光です。

2)自分の本音
主の前に静まると、自分の本当の姿、心、思い、本音に気付かされます。自分は何を第一に求めているのか、何を大事にしているのか、本当に主を尋ね求め、本気で主に従うつもりがあるのか。心が探られます。

3)神様のお声
ゼパニヤは、主のさばきの日が近いので、主の前に静まって偶像礼拝の罪を認めて悔い改めるように預言しました。神様のお声は、聖書と聖霊様、メッセージ、証しを通していつも身近に与えられています。静まって耳を傾けさえすれば、そこにあります。

3.静まった後は歩き出す
すべての肉なる者よ、主の前で静まれ。主が聖なる御住いから立ち上がられるからだ。    ゼカリヤ書 2:13

いつまでも静まったままでは寝てしまいます。主は、私たちの祈りを聞き届けて下さり、立ち上がって私たちに伴い、みこころを行って下さいます。静まった後は、主に拠り頼んでまず一歩踏み出してみましょう。人の子たちよ。いつまでわたしの栄光をはずかしめ、むなしいものを愛し、まやかしものを慕い求めるのか。知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。恐れおののけ。そして罪を犯すな。床の上で自分の心に語り、静まれ。義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。  詩篇4: 2~ 5