使徒の働き9章にパウロの回心の出来事、13章から最後28章まではパウロの活動に関する記事が記されています。パウロは大学都市タルソでユダヤ人家庭に生まれ(ローマ市民権)、ユダヤ教信仰の訓練と教育を受け、熱烈なパリサイ派として律法に基づく厳格な生活をしていました。
そんな彼はクリスチャンを激しく迫害し、ステパノ処刑に立ち会い、さらにクリスチャンを捕らえるべくダマスコに派遣されました。その途上で復活のイエス様が臨み、彼は回心してイエス様を愛し、救いを宣べ伝える者に180度変えられました。彼は迫害を受けながらも異邦人の伝道者となり、開拓伝道、教会設立、牧会、新約聖書中の13の手紙の執筆、異端や偽教師との戦いを経験し、AD67年頃ローマで殉教したと言われています。
1.異邦人の伝道者
パウロは迫害者から一転してイエス様の救いを宣べ伝える者に変えられました。彼は3回にわたる小アジア・ギリシャへの伝道旅行と上訴によるローマ行きによって、異邦人社会にくまなく福音を伝えました。また、同胞のユダヤ教徒や、国の指導者たち(フェリクス総督、フェストゥス総督、アグリッパ王)に対しても大胆に証ししました。
ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤ地方全体に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えてきました。使徒 26:20
2.苦難の使徒
彼らはキリストのしもべですか。私は狂気したように言いますが、私は彼ら以上にそうです。労苦したことはずっと多く、・・・死に直面したこともたびたびありました。・・・海上の難、偽兄弟による難にあい、・・・飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さの中に裸でいたこともありました。・・・すべての教会への心づかいがあります。・・・もし誇る必要があるなら、私は自分の弱さのことを誇ります。Ⅱコリント 11:23~30
パウロは、かつてクリスチャンを迫害したことから、「私はすべての人に支払わなければならない債務を負っている」(ローマ1:14)、「福音を宣べ伝えなければわざわいだ」(Ⅰコリント9:16)と告白しています。
彼は命がけで福音を宣べ伝え、ユダヤ人クリスチャンと異邦人クリスチャンの一致に尽力し、手紙によってクリスチャンが愛し合い仕え合うことの重要性を強調しました。
3.生きることはキリスト
私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられることです。私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。ピリピ 1:20,21
パウロはスーパーマンではなく、私たちと全く変わらない一人の兄弟です。主の恵みは私たちにも等しく十分に注がれ、主の力は弱さのうちに完全に働きます。大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。(Ⅱコリント12:9,10)
もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。・・・神の御子に対する信仰によるのです。ガラテヤ 2:20