あすのことはわからない(礼拝メッセージ2011/03/20)

 兄弟たち。互いに悪口を言い合ってはいけません。自分の兄弟の悪口を言い、自分の兄弟をさばく者は、律法の悪口を言い、律法をさばいているのです。あなたが、もし律法をさばくなら、律法を守る者ではなくて、さばく者です。
 律法を定め、さばきを行なう方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。
 聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をして、もうけよう。」と言う人たち。
 あなたがたには、あすのことはわからないのです。あなたがたのいのちは、いったいどのようなものですか。あなたがたは、しばらくの間現われて、それから消えてしまう霧にすぎません。
 むしろ、あなたがたはこう言うべきです。「主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。」
 ところがこのとおり、あなたがたはむなしい誇りをもって高ぶっています。そのような高ぶりは、すべて悪いことです。
 こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行なわないなら、それはその人の罪です。   ヤコブ 4:11~17
 
 人の罪はすべて「高ぶり」からやってきます。人に対し、兄弟姉妹に対し、教会に対し、イエス様に対してへりくだって従う心、教えていただくという心のない高ぶりが罪の根源です。
 私たちは明日のことも1分後のこともわからない存在です。日々、イエス様から哀れみと恵みをいただいて生かされていることを感謝しましょう。まわりの多くの人たちのお世話になっていることを感謝しましょう。 

 ヒゼキヤはユダ全国にこのように行ない、その神、主の目の前に、良いこと、正しいこと、誠実なことを行なった。  Ⅱ歴代誌 31:20 

 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかったが、彼が主に祈ったとき、主は彼に答え、しるしを与えられた。
 ところが、ヒゼキヤは、自分に与えられた恵みにしたがって報いようとせず、かえってその心を高ぶらせた。そこで、彼の上に、また、ユダとエルサレムの上に御怒りが下った。 Ⅱ歴代誌 32:24~25

 
 ヨシヤはイスラエル人の全地から、忌みきらうべきものを除き去り、イスラエルにいるすべての者を、その神、主に仕えさせた。彼の生きている間、彼らはその父祖の神、主に従う道からはずれなかった。Ⅱ列王記34:33

 しかし、ヨシヤは身を引かず、かえって、彼と戦おうとして変装し、神の御口から出たネコのことばを聞かなかった。そして、メギドの平地で戦うために行った。射手たちがヨシヤ王を射たとき、王は家来たちに言った。「私を降ろしてくれ。傷を負ったのだ。」 そこで、家来たちは彼を戦車から降ろし、彼の持っていた第二の車に乗せた。そして、彼をエルサレムに連れ帰った。彼は死んだので、その先祖たちの墓に葬られた。全ユダとエルサレムはヨシヤのために喪に服した。 Ⅱ歴代誌 35:22~24

 歴代の王たちも最初は主のみこころを行い、すばらしい働きをしたのに、高ぶりによって滅びを招いてしまいました。主が恵みを与え、主が祝福してくださっています。ことがうまく運び、自分が賞賛されたら、「私ではありません。主のおかげです。」と言ってへりくだりましょう。

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