主の聖なる山(礼拝メッセージ2011/05/29)

  主はこう仰せられる。「公正を守り、正義を行なえ。わたしの救いが来るのは近く、わたしの義が現われるのも近いからだ。」
 幸いなことよ。安息日を守ってこれを汚さず、どんな悪事にもその手を出さない、このように行なう人、これを堅く保つ人の子は。
 主に連なる外国人は言ってはならない。「主はきっと、私をその民から切り離される。」と。宦官も言ってはならない。「ああ、私は枯れ木だ。」と。
 まことに主はこう仰せられる。「わたしの安息日を守り、わたしの喜ぶ事を選び、わたしの契約を堅く保つ宦官たちには、
 わたしの家、わたしの城壁のうちで、息子、娘たちにもまさる分け前と名を与え、絶えることのない永遠の名を与える。
 また、主に連なって主に仕え、主の名を愛して、そのしもべとなった外国人がみな、安息日を守ってこれを汚さず、わたしの契約を堅く保つなら、わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。               イザヤ 56: 1~7

 今、あなたの一番の楽しみは何でしょうか?
 主イエス様によって聖められることと祈りの家(教会)で祈ることが楽しみとなっているでしょうか。

 主イエス様は私たちを聖なる山に導き、祈りの家で楽しませてくださると約束して下さいました。
 聖なる山とは、私たちが聖められる道です。
 そのために私たちのなすべきことは次のことです。

 ・神の国と神の義を第一に求める。
 ・主イエス様の日を大切にし、礼拝を第一とする。
 ・不信仰なことばを口から出さない

 この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。             Ⅰテモテ 6:17

 あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください。詩篇 90:15

 イエス様は私たちにいじわるをして苦しめるお方ではありません。私たちを愛してご自身の命を捨ててくださった方です。私たちが聖められ、矯正され、鍛錬されるために苦しんだことは無駄になることはありません。苦しみを通して喜びが与えられます。
 みことばに沿って
主イエス様は私に心をとめ、楽しませて下さる方です。」と告白しましょう。

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