「エゼキエル書と黙示録」(聖日礼拝メッセージ 2026/01/11)

 今日のテーマは黙示録33「エゼキエル書と黙示録」です。エゼキエルはバビロン捕囚時代の預言者です。南王国ユダは、先に北王国イスラエルが偶像礼拝のゆえにアッシリアへ捕囚になったにも関わらず、エゼキエルの警告も空しくバビロニアへ捕囚となりました。この預言書にも終末の預言が隠されています。

1.主であることを知る
 わたしは、わたしが大いなる者であること、わたしが聖であることを示し、多くの国々の見ている前でわたしを知らせる。そのとき彼らは、わたしが主であることを知る。エゼキエル 38:23

 見よ、その方は雲とともに来られる。すべての目が彼を見る。彼を突き刺した者たちさえも。地のすべての部族は彼のゆえに胸をたたいて悲しむ。しかり、アーメン。黙示録 1:7

 エゼキエルはイスラエルの捕囚からの回復を預言していますが、それと同時に、終末には、すべての国民が聖書の神様こそ真の創造主であり救い主でありさばき主であることを知ると宣言しています。

2.永遠の玉座
 その声は私に言われた。「人の子よ。ここはわたしの玉座のある場所、わたしの足の踏む場所、わたしが永遠にイスラエルの子らの中で住む場所である。イスラエルの家は、その民もその王たちも、もう二度と、淫行や高き所の王たちの死体で、わたしの聖なる名を汚さない。エゼキエル 43:7

 あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。Ⅰコリント 6:19

 エレミヤに続きエゼキエルもまた、幻の中でエルサレム旅行に連れ出されます。捕囚からの帰還によって破壊された神殿は再建されますが、神様は最終的に永遠の神殿を建設されます。その過程において、私たちを罪から贖い出し、ご自身の宮としてくださいました。

3.いのちを与える流れ
 ・・・その水が聖所から流れ出ているからである。その実は食物となり、その葉は薬となる。エゼキエル 47:12

 御使いはまた、水晶のように輝く、いのちの水の川を私に見せた。川は神と子羊の御座から出て、都の大通りの中央を流れていた。こちら側にも、あちら側にも、十二の実をならせるいのちの木があって、毎月一つの実を結んでいた。その木の葉は諸国の民を癒した。黙示録 22:1,2

 私たちの永遠の希望は、生老病死の苦しみのないイエス様と共にある平和な天国です。その天国には、枯れることのない永遠の聖いいのちの水の川があり、いやしの木が茂っています。それは、今、イエス様を信じる私たちの心の奥底から流れ出る水の川に通じるものがあります。

 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおり、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになります。」ヨハネ 7:38

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