私は、恵みとさばきを歌いましょう。主よ。あなたに、ほめ歌を歌いましょう。
私は、全き道に心を留めます。いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。
私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。それは私にまといつきません。
曲がった心は私から離れて行きます。私は悪を知ろうともしません。
陰で自分の隣人をそしる者を、私は滅ぼします。高ぶる目と誇る心の者に、私は耐えられません。 詩篇 101: 1~5
この短い詩篇の中に、ダビデの主に対する心、自分自身の生き方に対する強い確信が記されています。
①全き道(みこころにそった道)に心を留める。
②人の目のないところでも正しい生活をする。
③卑しいこと(低俗で下品なもの)を求めない。
④不正と陰口と欺きと偽りを憎む。
⑤高慢(うぬぼれや思い上がり)にならない。
⑥真実な人々(神様を敬う人々)を求める。
ダビデは、主の恵み深さと正しさ、聖さを良く知っていました。そのすばらしい主を心からほめたたえています。主のみこころに完全に従って行きたいという思いがあふれています。
ダビデは、この生き方が自分自身の力でできると考えていたのではなく「いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。(2節)」と、主の助けを求めています。
そして、神の都エルサレム・イスラエルの国を主から任された者として、悪を除いて聖く保ち、正しく管理することを宣言しています。(7,8節)
あなたは、神様がどんなお方か、どのような御性質を持っておられ、何を求めておられるか知っていますか。主イエス様に対する心、主の前に生きる姿勢を決めていますか。
主から与えられ、任されているものを再確認して、主の前に正しく管理し、与えられた人生を全うしましょう。パウロ兄弟のように。
私は今や注ぎの供え物となります。私が世を去る時はすでに来ました。 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。 Ⅱテモテ 4: 6~8