2011-10

礼拝メッセージ

「信仰」に秘められた力(礼拝メッセージ2001/10/30)

 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。  昔の人々はこの信仰によって称賛されました。  信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。 ヘブル 11: 1  「信仰」とは実際に見ていなくても、私たちに確信や喜びや正しい生き方を与えるものです。そして、神様は「信仰」を大変喜ばれます。それは、神様と私たちが「信頼」という絆で結び合わされるからです。「信仰」によってたくさんの素晴らしいものをいただくことができます。   1.天地創造が神様によってなされた。  2.神様に喜ばれるものをささげることができる。  3.目に見えない神様に従うことができる。  4.神様の奇跡を見ることができる。  5.死後に希望を持つことができる。  6.罪のはか...
礼拝メッセージ

勧め合い(礼拝メッセージ2011/10/23)

 そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。  約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。  ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。   ヘブル 10:22~25  私たちの救いは、イエス様の確かで唯一の犠牲が根拠となっています。この揺るがされない根拠のゆえに兄弟姉妹がお互いに勧め合うことがらをイエス様は示しておられます。  1.イエス様の体がささげられることによって、私たちは聖    なる者とされた。 ヘブル10:1...
ジョイジョイクラブ

今日のジョイジョイクラブ(10/16)

今日のジョイジョイはジャンケンヘルメットゲームをしました。 ジャンケンで勝って負けてあわてて・・・・・楽しいゲームです。 今日のみことばは「キリストはつみをおかしたことがない。 Ⅰペテロ2:22」でした。 つみのないイエス様じゃないとぼくのつみのみがわりにはなれません。 イエス様、十字架でぼくのために苦しんでくれてありがとう。
礼拝メッセージ

イエス様の励まし(礼拝メッセージ2011/10/16)

 こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。  何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。  自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。      ピリピ 2: 1~4    あなたはイエス様からの励ましと愛の慰め、聖霊様の交わり、愛情とあわれみをいただきましたか。今、いただいていますか。  そうです。私たちは、イエス様のはかり知れない大きくて深い愛、とてつもないあわれみをいただきました。  私たちがこれらのものをいただいているのであれば、求めるものは「一致」です。イエス様との一致、聖書との一致、兄弟姉妹との一致です。  この「一致...
礼拝メッセージ

諸悪の根源(礼拝メッセージ2011/10/09)

 聖書は、罪について詳しく厳しく記していますが、諸悪の根源は「金銭を愛すること」であると述べています。    私たちは何一つこの世に持って来なかったし、また何一つ持って出ることもできません。  衣食があれば、それで満足すべきです。  金持ちになりたがる人たちは、誘惑とわなと、また人を滅びと破滅に投げ入れる、愚かで、有害な多くの欲とに陥ります。  金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。ある人たちは、金を追い求めたために、信仰から迷い出て、非常な苦痛をもって自分を刺し通しました。  しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。                   Ⅰテモテ 6: 7~11  世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありませ...
礼拝メッセージ

苦しみの中で生きる(礼拝メッセージ2011/10/02)

 私たちは、苦しみはすべて避けて、喜びと平安と満足することだけを求めやすいものです。苦しみはすべて悪であり平穏だけが善と考え、ご利益だけを追求する信仰になりがちです。  しかし、苦しみと悲しみの中から喜びがわいてきます。 ・イエス様でさえ苦しみを通られました。  イエス様は神様でありながら人間となられ、私たちのすべての罪を背負って苦しまれました。十字架の向こうに見える私たちの救いを希望として、甘んじて苦しみを体験した下さいました。  そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」          マタイ 26:38 ・パウロ兄弟も苦しみの連続でした。  パウロ兄弟は、異邦人の使徒としてあらゆる苦しみを受けました。しかし、その苦しみの中に神様の助けと慰めとを体験したので、苦しみ...
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