「主イエス様の尽きない恵み」(2012/09/16礼拝メッセージ)

 わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう。    イザヤ 46: 3,4

 神様から選ばれたイスラエルの民は、どれほど恵みをいただいてきたことでしょうか。神様から良きものをいただき、悪から守られ、すばらしい約束を与えられて導かれて来ました。でも、彼らは神様に従いませんでした。(イザヤ 5: 4)
 神様の恵みとは「厚意、思いやり、愛のこもったいつくしみ、あわれみ、働き(功績)によらない、身に余る愛顧と霊的な祝福」と説明されます。(詳訳聖書)

 それから、弟子たちに言われた。「わたしがあなたがたを、財布も旅行袋もくつも持たせずに旅に出したとき、何か足りない物がありましたか。」彼らは言った。「いいえ。何もありませんでした。」   ルカ 22:35(参照 ルカ9:1~6)

 私たちもまた神様からあらゆる恵みをいただいて養われています。私たちを主イエス様の犠牲によって救うためにどれだけ力を尽くして下さったことでしょう。

 しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。 Ⅱコリント 12: 9

 それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、 エペソ 4:12
 
 イエス様は、私たちの自己中心や不従順にもかかわらず、あきらめることなく、捨てることなく、忍耐を持って導いて下さっています。心からイエス様に感謝しましょう。恵みを放縦に変えないようにしましょう。(ユダ 4)
 みことばに従い、イエス様とともに歩んで整えられ、イエス様の体として建て上げられて、人生を全うしましょう。明日は、「敬老の日」です。

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