2012-08

礼拝メッセージ

「人は本当は何も知らない」(礼拝メッセージ2012/08/26)

 あなたはいっさいを行われる神のみわざを知らない。  伝道者の書 11:5  人は、あたかも何かを知っており、人生の何たるかを知っているかのように思い違いをして生きようとしています。  自分自身のこと、家族との関係、隣人との関係、仕事や生活のこと、将来のこと、死後のこと、人生の価値観、人生の規範、神様・イエス様・聖霊様・聖書のことなどなど、自分の経験と教えられ学んだことによって、いろんなことを知っていると思い込んで行動します。  しかし、人は聖書と聖霊様によらなければ何一つ知ってはいないし、何も持ってはいません。  自分自身の判断で「こういう生き方がベストだ」「この程度の生き方でイエス様の祝福をいただけるんだ」「この判断がベストだ」「この程度の服従でいいんだ」「将来のことはこの生き方でいいんだ」などと考えています。  みことばは私たちに勧めます。  1)将来について備え...
礼拝メッセージ

「理屈を捜し求める人間への3つの忠告」(礼拝メッセージ2012/08/19)

 神は人を正しい者に造られたが、人は多くの理屈を捜し求めたのだ。 伝道者の書 7:29  歴史上最も知恵と知識に富んだソロモン王が、あらゆる経験を通して今、私たちに3つの忠告を与えます。  1)過去をうらやんではならない。   「どうして、昔のほうが今より良かったのか。」と言ってはならない。このような問いは、知恵によるのではない。           伝道者の書 7:10  私たちは、イエス様によって罪と滅びから救い出され、日々新たにされています。日々イエス様に近づいているのです。  2)順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。  神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。            伝道者の書 7...
礼拝メッセージ

「主を恐れることのすばらしさ」(礼拝メッセージ2012/08/12)

 幸いなことよ。  いつも主を恐れている人は。  しかし心をかたくなにする人はわざわいに陥る。        箴言28:14  麗しさはいつわり。  美しさはむなしい。  しかし、主を恐れる女はほめたたえられる。      箴言31:30   主を恐れるとは、恐怖心を持って尻込みすることではなく、畏怖の念を持つことです。  人は、いつも勘違いしやすい性質を持っています。イエス様を信じるクリスチャンであっても例外ではありません。自分にすべてを正しく判断する能力があり、すべてを決める権利があると思ってしまいます。  しかし、みことばによると私たちはイエス様の言いなりになるために救われ、服従することによって幸いと祝福をいただくことができます。逆に、自分優先の判断と自分の権利の主張、心の王座に自分を座らせることは、サタンと悪霊の思うつぼであり、災いと信仰の破船のさきがけとな...
礼拝メッセージ

「試みの中にある私たち」(礼拝メッセージ2012/08/05)

 悪い者たちをねたんではならない。  彼らとともにいることを望んではならない。 箴言24: 1   神様を信じない連中をうらやんではいけません。  仲間になろうと思ってもいけません。    箴言24: 1(リビングバイブル)   イエス様を信じるクリスチャンは常に試みの中にあります。  私たちの周りには、みことばを信じさせまいとするもの、イエス様に従わせまいとさせるもの、惑わすもの、疑わせようとするもの、不従順にさせようとするもの、怠惰にさせようとするもの、力があります。  その力が、私たちの心の中にある「いつも神様に逆らって自分の思いを成し遂げようとする自己中心的な心」に働きかけるのです。  そのために、箴言では次のようなことに注意するように言われています。   ①悪人をうらやんではならない。       箴言24:1,19,20  ②自分の責任を果たしな...
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