2016-02

礼拝メッセージ

「イエス様にある平安」(礼拝メッセージ2016/02/28)

すべての人は、境遇、社会環境、所有物、家庭環境、健康などに関係なく、「揺るがない本当の平安」を求め続けています。 では、本当の「平安」とは何でしょうか。どのようにしたら得られるのでしょうか。 1)悔い改め(耳障りの良いことばに惑わされてはいけない) エレミヤは主から命じられ、首にかせを付けた格好で、70年の捕囚の期間を経て回復(帰還)があることを預言した。しかし、ハナヌヤはそのかせを砕き、2年で帰ることができると偽りの預言をした。実は、帰還までには悔い改めが必要であった。 まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに70年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。 ・・・・平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。 ・・・・・」 エレミヤ 29:10~14 ...
礼拝メッセージ

「イエス様にあって自慢する」(礼拝メッセージ2016/02/21)

私たちは、いろいろな「もの」や「こと」を自慢したり、逆に、「自分がふがいない」と落ち込んだりします。また、周りの人を「ダメなやつだ」とさげすんだり、「あいつだけなぜ」と羨ましがったりします。しかし、それはとても不安定で不幸な考え方です。聖書は、建設的で自分も周りも幸福にするすばらしい信仰のことばを教えてくれます。 しかし、あなたがたがイエス・キリストの中に自分のいのちを持っているのは、神から出たことなのです。神はこのかたを神から私たちに〔与えられた〕知恵とされ〔すなわち、神は、以前隠されていたご自身の救いのご計画、についての知識を私たちに掲示され、その知恵は現われて〕私たちの義となり〈こうして私たちを正しくし、神のみ前での正しい身分に立たせ〉、私たちのきよめ〔とし〕〈私たちをきよくし、聖なるものとし〉私たちの贖い〔とされた〕〈私たちが罪のために受ける永遠の刑罰からのがれるために、...
礼拝メッセージ

「神様からの報い」(礼拝メッセージ2016/02/14)

私たちは、いろいろな報酬をもらうことができたら大変うれしいものです。しかし、イエス様は「人から賞賛を受けることは一時的で変わりやすく空しいものである。神様からいただく報酬、天に積まれる報いこそ永遠で変わることがなく価値のあるものだ。」と言われます。(人のほめ言葉は時として、社交辞令の場合もあり、自己満足、自画自賛、自己陶酔、自惚れ、高慢を招きやすいものです。) 神様からの報いを受けられる歩みを見ていきましょう。 1)イエス様のために苦しみ(迫害)にあう わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。  マタイ 5:11,12 2)イエス様のための行為(善行、施...
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「父なる神様がほめたたえられるために」(礼拝メッセージ2016/02/07)

キリストは・・・・、自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われたのです。・・・・それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。  ピリピ 2: 8~11 私たちは何を第一に優先させ、何を目標に生活しているでしょうか。自分自身の満足、喜び、思いのままに生きるためでしょうか。 私たちに対する主イエス様の模範となる生涯の究極は、「父なる神様がほめたたえられること」のために、自分を放棄する事でした。主イエス様は自分を低くし、ひたすらそのことだけを追求されました。 1)イエス様の食物 イエスは彼らに言われた。「わたしを遣わした方のみこころ〈喜ばれる事〉を行ない、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物〈栄養〉で...
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