礼拝メッセージ 「あなたの負うべき十字架は?」(礼拝メッセージ2016/10/23)
それから、みんなの者に言われた。「だれでも私について来ようと思うならば、その人は自分自身を否定し〈すなわち、自分を無視し、自分と自分の利益を忘れ、それに目もくれず、自分を否認し、自分を捨て去り〉、日々自分の十字架を取り上げて、私に従って来なさい〔すなわち、私に堅くよりすがり、生きるのにも、また必要ならば、死ぬのにも、全面的に私の模範にならいなさい。〕だれでも自分のいのちを守ろう〈救おう〉と思う者はそれを失い〈滅ぼし〉、まただれでも私のために自分のいのちを失う者は〔永遠の死の刑罰から〕それを守る〈救う〉からである。 ルカ 9:23~24(詳訳聖書)
「自分の十字架を負う」という言葉は、「苦難、運命、罪の償い、絶望、死、呪い、嫌なもの」などマイナスのイメージです。しかし、イエス様の負われた十字架は「罪の赦し、恵みと哀れみ、救い、復活、和解、新生、永遠の命、天の御国」を生み出したプラス...