2016-11

礼拝メッセージ

「からだのあかりは目」(2016/11/27礼拝メッセージ)

からだのあかりは目です。それで、もしあなたの目が健全なら、あなたの全身が明るいが、もし、目が悪ければ、あなたの全身が暗いでしょう。それなら、もしあなたのうちの光が暗ければ、その暗さはどんなでしょう。マタイ6:22,23(ルカ11:34~36) このみことばを見ると「私は目が悪い(近眼、老眼)、きれいじゃない、生き生きしていない。目の善し悪しで全身の善し悪しが決まるのだろうか」と心配になることはありませんか? 古くから「目はこころの窓、健全な目から光が入って健康、目が悪いと全身が暗くなり病気になる。」と考えられていたそうです。イエス様はこれを比喩的に捉えて、霊的な真理を示されました。 ・目⇒霊性、良心 ・健全(*明らか、澄んでいる) ⇒天に宝を積むことに励んでいる(マタイ6:19~21)。 心が一つのものに集中している(二心のない)(マタイ6:24)。 役目...
礼拝メッセージ

「私の道は主に隠れているのか?」(礼拝メッセージ2016/11/20)

ヤコブよ。なぜ言うのか。イスラエルよ。なぜ言い張るのか。「私の道は主に隠れ、私の正しい訴えは、私の神に見過ごしにされている。」と。 イザヤ 40:27 イスラエルの民は、アッシリヤ・バビロンの脅威にさらされる中、自分たちの罪や不信仰を棚に上げて不平を鳴らすだけでした。彼らは、神様の偉大さ、すばらしさ、恵み深さを知ろうとはしませんでした。 しかし、神様はイスラエルに対して、バビロン捕囚後にペルシャのクロス王によって民を帰還させてイスラエルを再興するとの、赦しと慰めと希望のメッセージを与えられました。神様には彼らを絶対に見捨てない愛と赦しの計画がありました。 人は、イスラエルの民と同じように不信仰によってつぶやきます。自分が満足し理想とする道や自分の正しい主張を神様はなぜ無視するのか、なぜきちんと受け止めて対応してくれないのだろうかと不平を言います。そこで、神様は心の鈍い人間...
礼拝メッセージ

「幸いな者になるには」(礼拝メッセージ2016/11/13)

イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから。 人の子のために、人々があなたがたを憎むとき、また、あなたがたを除名し、はずかしめ、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。彼らの先祖も、預言者たちをそのように扱ったのです。      ルカ 6:20~23 イエス様に触れて病気や悪霊憑きからいやしていただこうと、我先にと大勢の人々が殺到していました。イエス様は全ての人をいやされました。イエス様はおもむろに弟子たちを見つめながら「本当に幸いな者」について教えられました。...
礼拝メッセージ

「主が共におられる」(礼拝メッセージ2016/1/06)

人は神様によって、神様と共にある者として創造されました。それが本来のあるべき姿でしたが、人類に罪が入り込んだことによって、神様から切り離され、孤独で不安定な存在になってしまいました。そんな状況から神様と共に生きる者へと回復して下さったのが主イエス様です。 主イエス様の救いをいただいた私たちですが、様々な試練の中で、主が共におられることを忘れてしまうことがあります。しかし、主イエス様は約束通りいつも共にいて下さいます。 (1)孤独を感じる時 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。  ヨハネ 14:18 (2)主に従おうとしているのにうまくいかないと思う時 いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい。 マタイ ...
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