2015-07

礼拝メッセージ

「信仰とは何か」(礼拝メッセージ2015/07/26)

一般に「信仰」と聞くと何を思い浮かべるでしょうか。「弱い人間が求めるもの、カルト宗教、非科学的、思い込み、軽視できるもの」いろいろあるでしょうが、否定的なものが多いかもしれません。しかし、すべての人は、日常的に信仰によって歩んでいます。逆に信仰がなければ、情緒不安定と不信と孤独の中で苦しみ、生きていくことは出来ないでしょう。 聖書の中には「信仰」ということばが、258箇所に記されています。本当の「信仰」は、私たちにとって欠かせない重要なことばであり、人生(生活)の要素です。しかし、「信仰」には、「悪い信仰」と「良い信仰」があります。 悪い信仰 ①盲(妄)信する。 ②間違ったものを信じる。 ③自分に都合が良いように信じる。(自己中信仰) 良い信仰 ①みことば(聖書)を信じる 信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見...
礼拝メッセージ

「アハブ王をそそのかした妻イゼベル」(礼拝メッセージ2015/07/19)

イゼベルはナボテが石打ちにされて殺されたことを聞くとすぐ、アハブに言った。「起きて、イズレエル人ナボテが、あなたに売ることを拒んだあのぶどう畑を取り上げなさい。もうナボテは生きていません。死んだのです。」 Ⅰ列王記 21:15 アハブ王は、神の国イスラエルの王でありながら、バアル崇拝者となり、更に、罪無き主のしもべナボテを殺害してぶどう畑を略奪しました。アハブ王は、即位の時点からそれまで最悪の王とされていた父オムリに輪をかけて超最悪の王になっていました(Ⅰ列王記16:25~33)。アハブ王に多大な悪影響を与えたのは、妻イゼベルでした。イゼベルは、主の預言者を平気で殺害することができた女でした。 アハブのように、裏切って主の目の前に悪を行なった者はだれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである。彼は偶像につき従い、主がイスラエル人の前から追い払われたエモリ人...
礼拝メッセージ

「死を願うエリヤといつも共におられる主」(礼拝メッセージ2015/07/12)

アハブは、エリヤがしたすべての事と、預言者たちを剣で皆殺しにしたこととを残らずイゼベルに告げた。すると、イゼベルは使者をエリヤのところに遣わして言った。「もしも私が、あすの今ごろまでに、あなたのいのちをあの人たちのひとりのいのちのようにしなかったなら、神々がこの私を幾重にも罰せられるように。」彼は恐れて立ち、自分のいのちを救うため立ち去った。 Ⅰ列王記 19: 1~3 預言者エリヤは450人のバアル預言者と対決し、大勝利を収めました。民は「主こそ神です!」と告白し、エリヤの命令によってバアルの預言者たちを殺しました。イゼベルはその結果に怒りエリヤを殺す決意をし、エリヤは恐れて逃走しました。 彼は、えにしだの木の陰にすわり、自分の死を願って言った。「主よ。もう十分です。私のいのちを取ってください。私は先祖たちにまさっていませんから。」彼がえにしだの木の下で横になっ...
礼拝メッセージ

「主を尊ぶオバデヤ」(礼拝メッセージ2015/07/05)

それから、かなりたって、三年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。「アハブに会いに行け。わたしはこの地に雨を降らせよう。」そこで、エリヤはアハブに会いに出かけた。そのころ、サマリヤではききんがひどかった。アハブは王宮をつかさどるオバデヤを呼び寄せた。―オバデヤは非常に主を恐れていた。イゼベルが主の預言者たちを殺したとき、オバデヤは百人の預言者を救い出し、五十人ずつほら穴の中にかくまい、パンと水で彼らを養った。―     Ⅰ列王記 18: 1~4 最悪の王アハブと預言者エリヤの壮絶な霊的戦いの中に、主を恐れ尊びながらもアハブ王に仕えていたオバデヤが登場します。オバデヤは王宮を司る役人(宮内長官)として、バアル崇拝者であるアハブ王とイゼベルに仕えていました。 オバデヤ(ヤハウェのしもべの意)は、幼い頃から主に対する信仰と恐れを持っていたので、命の危険を冒しながら主の預言者10...
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