2017-05

礼拝メッセージ

「完全なる勝利にあずかる」(礼拝メッセージ2017/05/28)

私たちは毎週の聖日礼拝に懺悔のために集まるのではありません。もちろんそれぞれに辛いことや困難なこと、がっかりすることがあったかもしれません。しかし、私たちのために犠牲となって救いを完成し、勝利を得られたイエス様に感謝し、更に良くなるためにみことばと取り扱いをいただき、慰めと励まし、力と平安をいただくために集まります。喜びましょう。イエス様はよみがえられ、私たちは救われました。 1.律法の誤用 死のとげは罪であって、罪は律法〔の誤用〕を通してその力を〔人の上に〕働かせるのです。     Ⅰコリント15:56詳訳 罪は生きて働く人格的な力です。神様が与えて下さった良き律法を利用して、いつも私たちを律法の下に閉じ込めて罪に定めようとします(ローマ7:10~12)。しかし、私たちはイエス様の贖いにより、「新しい〔いのち〕において、御霊の〔命令に対する服従の下で〕仕える」(ロ...
礼拝メッセージ

「キリストのからだにあずかる」(礼拝メッセージ2017/05/21

聖餐式は、初代教会では最後の晩餐(過ぎ越の祭り)に倣い、食事といっしょに行われていましたが、2世紀半ば頃には愛餐と聖餐が分離されるようになりました。聖餐を受ける(陪餐)ことは、主イエス様の十字架の死と復活、主イエス様とクリスチャンの交わり、兄弟姉妹の一致を現しています。礼拝において、みことばのメッセージと同様に大切な要素です。 1.主イエス様との全人格的な交わり 私たちが祝福する祝福の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちの裂くパンは、キリストのからだにあずかることではありませんか。Ⅰコリント10:16 (1)キリストの血にあずかる(全人格的)交わり、イエス様  を愛情を持って覚えるために(Ⅰコリント11:24~26詳訳) (2)新しい血による契約(信仰義認、神との和解) (3)十字架の死の事実を宣言するため イエスは彼らに言われた。...
礼拝メッセージ

「もっと必要なもの」(礼拝メッセージ2017/05/14)

私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためには、もっと必要です。 ピリピ1:23,24 人は誰でも自分にとって一番良くて得する安楽な道を求めます。そして、それは自分の権利だと主張することができます。 聖書は自分の利益よりも、もっと必要なものを教えています。 1.イエス様のお姿 キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです。ガラテヤ 1: 4 第一にイエス様の生き方は、私たちの救いを最優先にし、ご自身の権利を放棄した生き方でした。 2.ほかの人を生かす生き方-パウロ兄弟 たとい私が、あなたがたの信仰の供え物と礼拝とともに、注ぎの供え物となって...
礼拝メッセージ

「嘆きを受け止められる主」(礼拝メッセージ2017/05/07)

詩篇 102 悩む者の祈り。彼が気落ちして、自分の嘆きを主の前に注ぎ出したときのもの 主よ。私の祈りを聞いてください。私の叫びが、あなたに届きますように。私が苦しんでいるときに、御顔を私に隠さないでください。私に耳を傾けてください。私が呼ぶときに、早く私に答えてください。  詩篇 102: 1,2 クリスチャンを含めすべての人は、構えたり飾ったりしない自らの心の内を余すところなく告白出来るお方、ありのままの自分を受け止めて下さる良き神様が必要です。 自分が咎められることなく受け入れられるなら、どれほど多くの人がつらい束縛から解放されるでしょうか。 1.自らの現状    詩篇102:1~11 (1)精神的苦悩、孤独 (2)肉体的痛み (3)敵対者のあざけり 悩みに打ちひしがれている人は、自らの嘆きをすべて神様の前に注ぎだしています。そこには、「...
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