2017-06

礼拝メッセージ

「神様のお好み」(礼拝メッセージ2017/06/25)

人は、自分の大切な人や好意を抱いている人のことをいろいろ知りたいと思います。特に、好き嫌いを知って自分も同じ価値観になれるように努めます。 神様が好まれるものは何でしょうか。 1.主はあわれみを好まれる 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。  マタイ 12:7 イエス様は、弟子たちや群衆に、律法学者やパリサイ人の言うことは守るように教えられましたが、行ないはまねてはいけないと教えられました(マタイ23:1~12)。イエス様は、彼らを愛していたので、偽善とは徹底的に戦われました。 2.主は聞き従うことを好まれる するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。・・・そむくことは占...
礼拝メッセージ

「主のさとし」(礼拝メッセージ2017/06/18)

私に悟りを与えてください。私はあなたのみおしえを守り、心を尽くしてそれを守ります。私に、あなたの仰せの道を踏み行かせてください。私はその道を喜んでいますから。私の心をあなたのさとしに傾かせ、不正な利得に傾かないようにしてください。むなしいものを見ないように私の目をそらせ、あなたの道に私を生かしてください。  詩篇119:34~37 ソロモン王は、若くして父ダビデからイスラエルを任されました。その時、神様からほしいものを尋ねられ、民を治める判断力を求めたことが主の御心にかない、判断力に加え富と誉れも与えられました。(Ⅰ列王記3:5~14) 詩篇119篇の作者は、自分の利益よりも主の「さとし」を必死に求めています。「さとし」とは、「諭し:目下の者に、ことの道理を理解できるように言い聞かせてわからせること。教え導くこと。神のおつげ。神託」のことです。 あなたは必死に「主のさとし...
礼拝メッセージ

「弱い私」(礼拝メッセージ2017/06/11)

「自分は強い人間だ」と思っている人より「自分は弱い人間だ」と思っている人の方が多いことでしょう。 イエス様は、ルカ18:9~14でパリサイ人と取税人の二人の祈りの話しをされ、取税人の方が義と認められたと言われました。山上の垂訓でも心の貧しい者は幸いだと説かれました(ルカ6:20~23)。主の前に悲しむ者は、罪赦されて喜びの人に変えられるので幸いです(Ⅱコリント7:10)。 しかし、自分の弱さを自覚して、主の恵みによって元気になる人と、自分の弱さに失望してしまう人がいます。どちらが正しい生き方でしょうか。前者は、謙遜で素直にみことばを信じて信仰に生きる人ですが、後者は、猜疑心が強く、みことばを信じない、傲慢で自我によって生きる人です。 私たちは、聖書に出ている大使徒パウロは、強靱な心を持ったスーパーマンのような人物だと思いがちですが、彼ほど自分の弱さを自覚していた人はいません。...
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ライフラインの集いin苫小牧 6月15日(木)

礼拝メッセージ

「失望してはならない」(ペンテコステ:礼拝メッセージ2017/06/04)

弟子たちはイエス様がゲッセマネの園で捕らえられた時には見捨てて逃げてしまい、十字架で死なれ葬られた時には絶望しました。しかし、イエス様の復活とペンテコステを経験して大きな希望をいただきました。私たちも同様です。 神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです。使徒2:33 「名誉や財産を失ってもそれは何も失ったことではない。勇気を失ったらそれはすべてを失ったことだ」(ドイツの格言) 私たちはイエス様によって罪の赦しと救いをいただきました。更に、イエス様と聖霊様がいつも共にいて下さるので、揺るがない勇気と大きな希望が与えられています。 1.祈りにおいて失望してはならない いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。  ルカ 18: 1 ...
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