礼拝メッセージ

礼拝メッセージ

「みことばと信仰の結びつき」(礼拝メッセージ2017/08/27)

なぜなら、私たちは、彼ら〔すなわち、昔のイスラエル人に奴隷の束縛からの解放という良い知らせが届いた時に彼らが受けたの〕と全く同様に、私たちに宣べ伝えられた〔神の〕良い知らせを、確かに、受けているからです。しかし、彼らの聞いた使信は彼らには無益でした。それを聞いた人々が、その使信と信仰〔すなわち、神の力、知恵、いつくしみに対する絶対的な信頼と確信とをもって、神に自分の全人格をゆだねること〕とを合わせなかったからです。〈彼らは、聞いて〔信じた〕人々〔ヨシュアとカレブ〕と、信仰を一つにしなかったからです〉。 ヘブル 4: 2(詳訳) みことば(福音)を聞かされているという点では、旧約時代も今も、変わりはありません。せっかくみことばが与えられているのに、それが信仰によって結びつかなければ、益にならずに大きな損害を被ります。 みことばは私たちに対して、旧約時代に神様に従おうとしなかった...
礼拝メッセージ

「困難な時代」(礼拝メッセージ2017/08/20)

終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、不遜な者、神をけがす者、両親に従わない者、感謝することを知らない者、汚れた者になり、 情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好まない者になり、裏切る者、向こう見ずな者、慢心する者、神よりも快楽を愛する者になり、見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。こういう人々を避けなさい。  Ⅱテモテ 3: 1~5 みことばは、終わりの日に困難な時代がやって来ると言っています。世界情勢、社会情勢が大きく変化してくることも考えられますが、それ以上に信仰の面で困難な時代となります。 1)人々の状況 Ⅱテモテ 3:2~4 ①神様よりも愛するものがある  ②神様、権威、秩序に逆らう       ③乱暴...
礼拝メッセージ

「恵みによって強くなる」(礼拝メッセージ2017/08/13)

私たちは、実に弱い者です。人の態度やことばにすぐに影響を受けたり、周りの状況や出来事に動揺して自我が現われたり、みことばに従うことよりも自分の感情や意思を優先させてみたり、神様やイエス様、隣人に対する不平不満、不信な思いを持って、弱り果ててしまいます。 どうすれば強くなれるでしょうか。 わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。 Ⅱテモテ 2: 1 わが子よ。あなたはキリスト・イエスのうちに〔だけ見いだされる〕恵み〈霊的祝福〉によって強くありなさい〈内的に強められなさい〉。  Ⅱテモテ 2: 1(詳訳) パウロは、我が子のように愛する(純粋だがちょっと気弱な)テモテに対して、恵みによって強くなるように勧めています。(Ⅱテモテ1:5~8) 1)なぜ、強くなる必要があるのか ①教えの風に吹き回されないため  エペソ4:14 ...
礼拝メッセージ

「十字架の血による平和」(礼拝メッセージ2017/08/06)

今日は、72回目の広島原爆記念日です。人間は神様に敵対するとどこまでも残虐になります。広島平和都市記念碑に「過ちは繰り返しませぬから」と刻まれてはいますが、今も隣国からの核の脅威があります。イエス様が言われたように、私たちは憎しみによって隣人をも抹殺してしまう存在です(マタイ5:21,22)。そのような罪にまみれ、神様に敵対していた私たちをイエス様は、大いなるあわれみによって救い出して下さいました。 1.イエス様の死による和解 その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、ご自分と和解させてくださったからです。  コロサイ 1:20 イエス様は自ら犠牲になられ、十字架上で罪無き血を流して私たちの罪を聖め、父なる神様との和解を成就されました。 2.聖く、傷なき者として御前に立たせるために それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者とし...
礼拝メッセージ

「私は枝です」(礼拝メッセージ2017/07/30)

わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。 ヨハネ 15: 5 私たちはクリスチャンとしての確かな歩み、平安と喜びの歩みを願っています。なのに、いつも不平と不安定な歩みの中にいる自分を見い出します。イエス様というぶどうの木にしっかりととどまる枝になりたいものです。 1.みことばに目を留める あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。  詩篇 119:105 また、私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜明けとなって、明けの明星があなたがたの心の中に上るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです。  Ⅱペテロ 1:19 私たちを生かすのは、生けるみことばしかありません。ペテロはイエス様の威光を目撃しましたが、それよ...
礼拝メッセージ

「イエス様を着る生き方」(礼拝メッセージ2017/07/23)

私たちはイエス様を模範として、イエス様に似ることを目標としています。「イエス様を着る」とは、どういうことでしょうか。「コスプレ(コスチュームプレー)」のように外側だけでもクリスチャンぽく生きることではありません。それでは、どのようにイエス様を着れば良いのでしょうか。 1.イエス様を信じた者はイエス様を着た者 あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。バプテスマを受けてキリストにつく者とされたあなたがたはみな、キリストをその身に着たのです。 ガラテヤ 3:26,27 私たちは、救い主イエス様に対する信仰とバプテスマによって救われ、神様の子とされました。その時点で、私たちはイエス様を着たとされています。バプテスマを受けた者は、イエス様の所有としてイエス様に結び合わされました。 イエス様を着るとは、イエス様との親密な人格的交わり、イエス...
礼拝メッセージ

「パウロの喜び」(礼拝メッセージ2017/07/16)

パウロは、主イエス様から私たち異邦人の使徒としての召しを受け、その召しに忠実に従い、最後は殉教したと言われています(AD61-62)。 彼は手紙を通して私たちに語り続けています。私たち異邦人の使徒パウロが求めていた喜びとは何だったんでしょう。 それは、この人たちが心に励ましを受け、愛によって結び合わされ、理解をもって豊かな全き確信に達し、神の奥義であるキリストを真に知るようになるためです。このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。私がこう言うのは、だれもまことしやかな議論によって、あなたがたをあやまちに導くことのないためです。私は、肉体においては離れていても、霊においてはあなたがたといっしょにいて、あなたがたの秩序とキリストに対する堅い信仰とを見て喜んでいます。    コロサイ 2: 2~5 1)イエス様を真に知る パウロは、イエス様に服従する...
礼拝メッセージ

「主を知っている人」(礼拝メッセージ 2017/07/09) ケビン・ダストウ兄

彼は契約を犯す者たちを巧言をもって堕落させるが、自分の神を知る人たちは、堅く立って事を行なう。ダニエル 11:32 主を知っている人は・・・・ 1)勇気をもって主に従う。 シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴはネブカデネザル王に言った。「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」ダニエル3:16~18 2)強い確信を持っている。 私の神は御使いを送り、獅子の口をふさいでくださったので、獅子は私に何の害も加えませんでした。それは私に罪のないことが神の前に認められたからです。王よ。私はあなた...
礼拝メッセージ

「霊の法則」(礼拝メッセージ2017/07/02)

私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。        Ⅱコリント 4:18 私たちは、自然現象に関する自然法則、人間行動に関する道徳法則などの中で生きています。しかし、神様も人間も霊的な存在ですから、霊の法則がより大きな領域を占めていると言えます。目に見えないために軽んじられがちですが、目に見えないもの、霊的真理こそより重要です。 1.人に仕える者は幸い 食卓に着く人と給仕する者と、どちらが偉いでしょう。むろん、食卓に着く人でしょう。しかしわたしは、あなたがたのうちにあって給仕する者のようにしています。  ルカ 22:27 この世の肉に属する価値観は、自分の満足が中心です。自分が苦労せず、利益を得ることが幸いだと信じて、そのように行動します。しかし、霊の世界はその真逆だと教え...
礼拝メッセージ

「神様のお好み」(礼拝メッセージ2017/06/25)

人は、自分の大切な人や好意を抱いている人のことをいろいろ知りたいと思います。特に、好き嫌いを知って自分も同じ価値観になれるように努めます。 神様が好まれるものは何でしょうか。 1.主はあわれみを好まれる 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』ということがどういう意味かを知っていたら、あなたがたは、罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。  マタイ 12:7 イエス様は、弟子たちや群衆に、律法学者やパリサイ人の言うことは守るように教えられましたが、行ないはまねてはいけないと教えられました(マタイ23:1~12)。イエス様は、彼らを愛していたので、偽善とは徹底的に戦われました。 2.主は聞き従うことを好まれる するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。・・・そむくことは占...
タイトルとURLをコピーしました