礼拝メッセージ

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「目の前の出来事と信仰」(礼拝メッセージ2013/12/15)

 神はモーセに告げて仰せられた。「わたしは主である。わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに、全能の神として現われたが、主という名では、わたしを彼らに知らせなかった。またわたしは、カナンの地、すなわち彼らがとどまった在住の地を彼らに与えるという契約を彼らに立てた。今わたしは、エジプトが奴隷としているイスラエル人の嘆きを聞いて、わたしの契約を思い起こした。それゆえ、イスラエル人に言え。わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトの苦役の下から連れ出し、労役から救い出す。伸ばした腕と大いなるさばきとによってあなたがたを贖う。  出エジプト 6: 2~6  モーセは、幼児の時に不思議な方法で命を助けられ、王の娘の子として育てられました。同胞のイスラエル人を救うために殺人者になってしまい、逃亡してミデヤン人の中で暮らすようになりました。80歳の時に主から同胞を救うように召しを受け、兄アロンと...
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「主の証しのための布石」(メッセージ2013/12/08)

 ヨセフは兄弟たちに言った。「私は死のうとしている。神は必ずあなたがたを顧みて、この地からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた地へ上らせてくださいます。」  そうして、ヨセフはイスラエルの子らに誓わせて、「神は必ずあなたがたを顧みてくださるから、そのとき、あなたがたは私の遺体をここから携え上ってください。」と言った。  ヨセフは百十歳で死んだ。彼らはヨセフをエジプトでミイラにし、棺に納めた。    創世記 50:24~26  ヨセフは、ひ孫まで見ることができ100歳の生涯を終えました。前半は苦難の人生でしたが、主がともにいて下さって、後半は兄たちと和解し、父ヤコブや弟とも再会して共に暮らすことができました。  主は壮大なご計画を持っておられ、一人ひとりの人間を通してみこころを行われます。それを人はなかなか理解できませんし、主のみことばを信じきることができずに目先のことだけに...
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「背後に主を見る信仰Ⅱ」(礼拝メッセージ2013/12/01)

 ヨセフが父や兄たちに話したとき、父は彼をしかって言った。「おまえの見た夢は、いったい何なのだ。私や、おまえの母上、兄さんたちが、おまえのところに進み出て、地に伏しておまえを拝むとでも言うのか。」  兄たちは彼をねたんだが、父はこのことを心に留めていた。      創世記 37:10,11  ヤコブの11番目の息子ヨセフは、父に兄たちの告げ口をする者、夢見る者、父にひいきされている者だったので、兄たちから憎まれていました。  そして、とうとう、兄たちに殺されかかり、遠いエジプトへ奴隷として売られてしまいました。ヨセフが17歳の時です。それから苦難の日々が続きました。  ①奴隷に売られる。  ②冤罪により投獄される。  ③冤罪が晴れるチャンスも忘れ去られる。  主の祝福と守りのうちに良いことが続くかと思いきや、なかなか自分の思い通りには行きません。忍耐の連続でした。 ...
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「背後に主を見る信仰」(礼拝メッセージ2013/11/24)

 ヤコブは答えた。「いいえ。もしお気に召したら、どうか私の手から私の贈り物を受け取ってください。私はあなたの顔を、神の御顔を見るように見ています。あなたが私を快く受け入れてくださいましたから。  どうか、私が持って来たこの祝いの品を受け取ってください。神が私を恵んでくださったので、私はたくさん持っていますから。」ヤコブがしきりに勧めたので、エサウは受け取った。   創世記 33:10,11  ヤコブは、主から徹底的にへりくだることを教えられ、兄エサウと感動的な和解を果たします。憎しみから命を狙っていた相手が全く一変して、涙を流して自分を赦して受け入れてくれたのです。ヤコブの兄エサウに対する感謝は本当に大きなものでした。しかし、ヤコブの目は、兄エサウの背後にある神様に注がれていました。故郷を出た時に現れて与えて下さった約束が、ことごとく成就していることに感動し、心からの感謝の気持ち...
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「主が私たちに会得させたいもの」(礼拝メッセージ2013/11/17)

 どうか私の兄、エサウの手から私を救い出してください。彼が来て、私をはじめ母や子どもたちまでも打ちはしないかと、私は彼を恐れているのです。  あなたはかつて『わたしは必ずあなたをしあわせにし、あなたの子孫を多くて数えきれない海の砂のようにする』と仰せられました。」     創世記 32:11,12  ヤコブは、主が約束どおりに故郷に帰るように命じて下さり、伯父ラバンと和解することもでき、喜んで帰路を進んで行きました。しかし、どうしても拭い去ることのできない、エサウに対する不安がありました。しかもエサウは400人もの大群でヤコブの方へ向かっているというのです。  彼はエサウの心をなだめるために、人間的にあらゆる手を尽くし、祈り求めます。しかし、更に不安は増幅します。そんなヤコブに主は現れ、祈りによる格闘を通して徹底的にへりくだることを教えて下さいました。  主は、愛するヤコ...
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「主のあわれみと人の忍耐」(礼拝メッセージ2013/11/10)

 私はこの二十年間、あなたの家で過ごしました。十四年間はあなたのふたりの娘たちのために、六年間はあなたの群れのために、あなたに仕えてきました。それなのに、あなたは幾度も私の報酬を変えたのです。  もし、私の父の神、アブラハムの神、イサクの恐れる方が、私についておられなかったなら、あなたはきっと何も持たせずに私を去らせたことでしょう。神は私の悩みとこの手の苦労とを顧みられて、昨夜さばきをなさったのです。」  創世記 31:41,42  ヤコブは、狡猾な伯父ラバンに騙されながらも、二人の妻と伯父への奉仕(自分の財産)のために20年間仕えてきました。自らが父と兄を騙してしまったことの刈り取りのようです。しかし、ヤコブは、主の約束とみことばをしっかり握って絶対に離しませんでした。この主に対する信頼が、長年の苦難の生活を支えたのでした。  主は、約束の通りにヤコブを守り、祝福して下さ...
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「主のみこころと人の目論見」(礼拝メッセージ2013/11/3)

 見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」 創世記 28:15  イサク家族に降りかかった一家離散の顛末を見ると、神様のみことば(約束)を心から信じない人間の自分中心の考え方と信仰を自分が信じやすいものにすりかえる人間の狡猾さ・あやうさを見ることができます。  イサクは、エサウとヤコブが生まれた時に、神様から与えられた約束を無視して、自分が好むエサウを祝福しようとしました。リベカはヤコブを好み、夫を騙してまでヤコブに祝福と財産を継がせようとしました。夫婦の間に価値観相違の問題がありました。  エサウは、俗悪な者で長子の権利を軽んじました(創世記25:34、ヘブル12:14~17)。また、異教の民から3人の妻を持ちました。ヤコブは母リベカの言いなりに...
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「霊の暗闇と罪の生活」(礼拝メッセージ2013/10/27)

 神様は光であり、少しも暗い部分がありません。これが、神様から私たちにゆだねられた、あなたがたへの教えです。神様の友だちと言いながら、霊の暗闇と罪にはまり込んで生活しているなら、私たちは、うそをついているのです。しかし、神様の光の中におられるキリスト様にならって、私たちも光の中で生活すれば、互いにすばらしい交際と喜びとを味わうことができます。そして、神の子イエス様の血が、私たちをすべての罪からきよめてくださるのです。 Ⅰヨハネ 1:5~7(LB訳)  漁師で気性の荒い「雷の子」ヨハネは、イエス様の愛によって晩年は「愛の人」になりました。そのヨハネは、自分が見聞きし、体験したことを伝えました。それは、兄弟姉妹が霊の暗闇と罪の生活を離れて、父なる神様・イエス様、兄弟姉妹と交流を持ち、喜びに溢れるようになるためでした。暗闇の生き方と光の中の生き方が対比されています。(Ⅰヨハネ1:3~10)...
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「異なる福音」(2013/10/20礼拝メッセージ)

 あなたがたときたら、どうもだまされやすくて・・・・・。だれかが、私たちの伝えたのとは違う教えを伝えたり、あなたがたが受けた聖霊様とは違う霊を伝えたり、あなたがたが救われたのとは違う救いの道を教えたりしようものなら、それを信じてしまうからです。Ⅱコリント 11:4(リビングバイブル訳)  パウロ兄弟は、自分が開拓した教会、自分が導いた兄弟姉妹が、あまりにもたやすく異なった福音にだまされてしまったことを憂えています。  新約聖書の21書簡(パウロ書簡14、その他7)のほとんどが、「異なる福音(ユダヤ主義、律法主義、ギリシャ哲学、天使礼拝、禁欲主義、道徳的放縦、ユダヤ的伝説、権威の軽視、グノーシス主義(二元論)、イエス様の神性・人性の否定)」に注意するように勧めています。  私たちは、「異端の教え(例えば、エホバの証人・統一協会・モルモン教など)」ならば簡単に見分けて退けることができ...
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「恵みがともにありますように」(礼拝メッセージ2013/10/13)

A:{私たちの主イエス・キリストの恵みがあなたがたすべてとともにありますように。アーメン。} ローマ 16:24 B:主イエスの恵みが、あなたがたとともにありますように。Ⅰコリント 16:23 C:どうか、私たちの主イエス・キリストの恵みが、兄弟たちよ、あなたがたの霊とともにありますように。アーメン。    ガラテヤ 6:18  最近、私は、新約聖書の書簡を読んでいて発見をしました。新約聖書の中にある21の書簡の内、パウロ兄弟の書簡が14ありますが、なんと、その14書簡の結びのことばすべてに、イエス様の「恵みがあるように」と記されています。  パウロ兄弟の決まり文句、社交辞令なのでしょうか?  大切な神様のみことばとしての手紙、緊迫した命がけの執筆という状況を考えると、意味なく書かれたとは思えません。パウロ兄弟は、聖霊様に促されて大切なメッセージを記しました。 ...
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